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第3章 泥まみれの宝

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 集まった領民たちの目には、先ほどまで宿っていた憤りは失せていた。代わりに同情や哀れみの気持ちが滲んでいる。

 侵入者たちの方も、そんな視線を受けていたたまれない面持ちをしていた。

 そんな中、アベル一人が何事か考え込んでいた。かと思うと立ち上がり、侵入者たちの前に立った。

「つまり、お前たちもつい先日まで畑を耕していた農民ということか」
「……はい……」
「それで、何故この地で盗みを働いた?」
「それは……あちこち巡って、ここがすごく豊作だって聞いて……他の村はどこも自分たちと似たようなもんだから……」
「ほぅ、なるほど……それは苦労の多かったことだろうな……寛大な処置を望むか?」
「え……!?」

 アベルのその言葉には、また別のどよめきが起こった。同情的な目が向いていたが、必ずしも全員ではないし、何より、被害はもう起こってしまっているのだ。
 
 何もせずに許すわけにはいかない……そう、誰もが思っていた。

 だがアベルは、その総意を背中に受けながらも、侵入者たちの言葉を、じっと待っていた。

「…………あの……お許し下さい。ひもじさゆえの出来心でした。どうか、寛大なご処置をお願いします」
「そうかそうか、出来心か。ならば問うが……立場が逆だったなら、お前は哀れみをかけるか?」
「……え」
「ただ他より豊かだったという理由で、人が丹精込めて育てた畑を荒らした者を許し、帰すのかと聞いている」

 アベルの声が、騒然としていた中に響き渡った。その声には厳格さ、公正さ、そして何よりも怒りが籠もっていた。

「それは……そのぅ……」
「お前も農夫ならわかるだろう。お前が食い散らかした実の一つ一つ、大切に育てた者がいるということ。あのように踏み荒らしていいものかどうかが」

  アベルの声は氷よりも冷たく、炎よりも熱くたぎっていた。二つの温度差に、侵入者は声をなくしていた。

「俺は、領主としてお前を罰する。毎日汗水垂らして働いてきた我が領民たちの思いが踏みにじられた罪は決して軽くはないからな」
「あ、アベル様……!」

 その声は人垣の中から起こった。声の主にアベルは視線を向けたが、それ以上の声が起こることはなかった。

 レティシアが周囲を見回すと、その声の主だけでなく、集まった領民たちのほぼ全員が似た表情を浮かべていた。

(皆、畑を荒らしたことは許せないけど、重い罰までは躊躇してるのね。ほんの少し前の自分たちと同じ境遇だから……)

 ほんの一ヶ月程前まで、立場は逆だった。それを思うと、身につまされる思いなのだろう。だが、ここにいる領民たちはひもじくても何とかやりくりして、畑泥棒などしなかった。

(罰はいるのよね、きっと……だけど無意味に傷つけるだけの罰は何にもならない。時間の有効活用が出来て、できれば今後双方が得をする方法……)

「あ!」

 突然、侵入者の声が響いた。それまでのぼそぼそした声とは比べものにならない大きな声で。

「……何だ、いきなり」
「あなた……あなた様は……!」
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