上 下
62 / 170
第3章 泥まみれの宝

19

しおりを挟む
 影の大きさは人間と同じくらい。どうも四足歩行ではなさそうだ。そんな人影らしきものが一つではない……四つほど。荒らされていた畑とは違う、もう一つの畑に侵入し、何やらごそごそと物色している。

 やはりただの人影ではなく、不審者だ。

 そして、各々一つ手に取ったかと思うとむしゃむしゃと貪り食っていた。明日か明後日には収穫できるであろう大きさだ。

「ああ! せっかく大きく育ったのに……!」
「待て、静かにしろ」

 飛び出そうとしたところを、アベルに止められる。だがそうしている間にも、不審者はまた次の実を食らい始めた。

 あっという間に二つも三つも平らげると、今度は畑の中でもひときわ大きく育ったものを切り離し、持っていた袋に詰め込んだ。袋がパンパンになるまで詰めると、不審者たちは脱兎の如く駆け出した。

「あ、逃げちゃいます!」
「大丈夫だ」

 アベルの言葉の意味を問い返すより先に、悲鳴が聞こえた。
 見ると、人影の姿は消えていた。いや、違う。地面に転がっただけだった。先頭の者につられたのか、二人折り重なって倒れている。ほんの、一瞬の出来事だった。

「い、今何が……?」
「死んではいない」

 いや生死について訊いているんじゃはなくて……と思ったが、そう言う間はなかった。

 残る二人は、その様子に恐れをなしたのか、くるりと向きを変えた。柵を壊すか乗り越えるかするつもりなのか、散り散りに走り出す。

 すると……パンッと大きな音がした。

「ひっ」

 不審者が驚いてたたらを踏むと、また一つ、弾けるような音が響く。

「な、何だ!?」

 不審者たちが柵に触れる度、あちこちで音が鳴る。どこから鳴っているのか、何が鳴っているのかわからない、そもそもそんなことが起こるなど予想だにしなかった彼らは恐怖を募らせる以外できなかった。

「……そろそろか」

 アベルが呟き、静かに立ち上がる。
 謎の音に翻弄される不審者たちのもとに歩み寄ると、今度はアベルがパチンと指を鳴らした。すると、畑を取り囲んでいた柵が、一斉にぱっと明るくなった。ランタンに使っていた灯りの魔石が点灯したのだ。

 驚きと恐怖がいよいよ最高潮に達したらしい不審者たちは、悲鳴を上げながら、力が抜けたようにその場に倒れ込んでしまった。

「あの……本当に何なんですか、これは……?」
「ちょっと驚かすための仕掛けだ」

 そう言うと、アベルは不審者が最初に倒れた柵の入り口をくぐった。『ちょっと』の定義が揺らぎそうな結果だが、レティシアはひとまずアベルに従った。

「そこを通っても平気なんですか?」
「ああ、ここはただの『入り口』だ。そして『出口』はあっち。お前が帰った後に仕掛けたんだ」

 アベルは指した先には、柵にもう一つ出入り口が設けられているのが見えた。真っ暗な中、かろうじて見える程度で、目に付きにくい。おまけにアベルの立つ『入り口』は魔力のためかほんのり明るく見えやすい。何も知らなければ、そのまま『入り口』から出ていこうとするだろう。

「この『入り口』から入ったら、あっちの『出口』から出なければならない。そういう仕掛けだ。魔力を使って、そうのように仕組んだ」
「……その通りにしなかったら?」
「見ての通りだ」

 納得せざるをえない状況だった。『入り口』から出るように仕向けているくせに……と思わなくもない。

「かわいそうだけど……野菜泥棒の現行犯だから、自業自得としか言えないわね」
「この程度で済ませたんだ。感謝してほしいくらいだな。さて、こいつは俺が縛っておくから、お前はこの家の者を呼んできてくれるか。家の中にいるよう言っておいた」
「わかりました」

 レティシアは用意していたランタンを手に、駆け出した。ちらりと、地面で伸びている不審者たちの姿が視界に入る。

(普通は、あんなことが出来るなんて想像もつかないわよね……)

 突然気絶させられたり、大きな音が鳴ったり、光ったり……さぞや驚いただろうとレティシアは思った。

 その点についてだけは、同情を禁じ得ないのだった……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています

如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。 「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」 理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。 どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。 何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。 両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。 しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。 「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

王女殿下は家出を計画中

ゆうゆう
ファンタジー
出来損ないと言われる第3王女様は家出して、自由を謳歌するために奮闘する 家出の計画を進めようとするうちに、過去に起きた様々な事の真実があきらかになったり、距離を置いていた家族との繋がりを再確認したりするうちに、自分の気持ちの変化にも気付いていく…

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

婚約破棄された国から追放された聖女は隣国で幸せを掴みます。

なつめ猫
ファンタジー
王太子殿下の卒業パーティで婚約破棄を告げられた公爵令嬢アマーリエは、王太子より国から出ていけと脅されてしまう。 王妃としての教育を受けてきたアマーリエは、女神により転生させられた日本人であり世界で唯一の精霊魔法と聖女の力を持つ稀有な存在であったが、国に愛想を尽かし他国へと出ていってしまうのだった。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

処理中です...