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第3章 泥まみれの宝
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夕食を終え、再び着替えて、転移魔法を起動する。
セルジュは何事もなかったように平然としていたし、ネリーは不満たらたらの顔で睨んでいたが、すべて押し切って、ここまで来た。
転移先には、今度は見張り場所を指定していた。暗い中での移動をできるだけ避けるためだ。いつもとは違って、目を開けると真っ暗闇が広がっている。すぐ傍に何があるのかすら見えない。
目が慣れるまでじっと待ち、徐々に辺りを見回して、昼間訪れた場所と同じかどうか確認した。
畑の柵にほど近い場所。農具などが置いてある倉庫の建物の中にいた。戸を半開きにしておいて、そっと外の様子を窺い見るようにしてある。
昼間、転移石を仕掛けておいたのと同じ場所だ。
「来たか」
暗闇の中に、漆黒の髪が見えた。その奥には、ルビーのように真っ赤な瞳が見える。
「アベル様、早いですね」
「俺はずっとここにいたからな」
そう言い、アベルはパンとワインを口にしていた。その間も、ずっと畑の方から目を離さない。
「それが夕食ですか?」
「ああ、この家の者が用意してくれた。お前はいつも通りなんだろう?」
「えぇと……はい」
「貴族も大変だな」
苦笑いと共に、そんな言葉を吐き出していた。自嘲気味な響きだった。
レティシアは、物音を立てないように気をつけながら、その隣に座り込んだ。
「貴族って……アベル様だって貴族でしょう? 領地をお持ちなんですから」
「そりゃあな。ランドロー辺境伯といえば、以前は名の知れた一族だったさ。だがこの領地で、王都の貴族たちと同じような優雅な暮らしができると思うか? 来賓に失礼のない程度にするのが精一杯だ」
アベルはそう言うと、手早くワインの瓶を片付けた。
ちらりと畑を見やるものの……怪しい気配は、ない。レティシアは畑の方に注意を向けつつ、アベルの話に返答することにした。
「それが不思議で……ランドロー家は建国の折に最も貢献したのですよね。それだけではなく、初代と2代目の聖女も輩出した……もっと厚遇されて然るべきでは?」
「……大昔の話ということだ。ずっとこんな辺境にいれば、王家との関わりだって薄くなる。そりゃあ見放すだろうさ」
「でも建国時に国王を助けた家門は、王都に住む有力貴族となったのに……私の家のリール家だってそうです。どうしてランドロー家だけ、王都と離れた場所に……?」
まだ文句を垂れているレティシアに、アベルが苦笑した。
「おかしな奴だ。お前の家はまごうことなき名家であり、それが揺らぐことはないだろう。それでいいんじゃないのか?」
「自分たちさえ良ければそれでいいというものではないでしょう。私たち貴族は、民の働きがなければ生きていけないのですから」
きっぱりと、そう言い放ったレティシアを、アベルは目を瞬かせて見つめていた。
「はは……リール公爵領の民は、良き主君に恵まれたな」
「は? 公爵領の主君は、父か兄ですけど? それにバルニエ領ほどじゃありません」
またも、レティシアは迷いなく言い放った。
アベルは、言葉ではなく、柔らかな笑みで答えた。その笑みが昼間にも目にした、とても心地の良いものだったから、レティシアの胸にふと疑問が再び湧いてしまった。
「あの……アベル様は、王立学院に在籍していらしたのですよね?」
「そうだが……こんな時に何だ?」
「在籍中に、魔石の技術を考え出されたのですよね?」
「……ああ」
「だったら、何故……」
「シッ……!」
レティシアの口にしかけた疑問を、アベルが咄嗟に塞いだ。二人の話し声の遙か向こうに、かすかな音が聞こえたのだ。
二人揃って視線だけを向けると、そこには確かに、こそこそと動き回る黒い影があった。
セルジュは何事もなかったように平然としていたし、ネリーは不満たらたらの顔で睨んでいたが、すべて押し切って、ここまで来た。
転移先には、今度は見張り場所を指定していた。暗い中での移動をできるだけ避けるためだ。いつもとは違って、目を開けると真っ暗闇が広がっている。すぐ傍に何があるのかすら見えない。
目が慣れるまでじっと待ち、徐々に辺りを見回して、昼間訪れた場所と同じかどうか確認した。
畑の柵にほど近い場所。農具などが置いてある倉庫の建物の中にいた。戸を半開きにしておいて、そっと外の様子を窺い見るようにしてある。
昼間、転移石を仕掛けておいたのと同じ場所だ。
「来たか」
暗闇の中に、漆黒の髪が見えた。その奥には、ルビーのように真っ赤な瞳が見える。
「アベル様、早いですね」
「俺はずっとここにいたからな」
そう言い、アベルはパンとワインを口にしていた。その間も、ずっと畑の方から目を離さない。
「それが夕食ですか?」
「ああ、この家の者が用意してくれた。お前はいつも通りなんだろう?」
「えぇと……はい」
「貴族も大変だな」
苦笑いと共に、そんな言葉を吐き出していた。自嘲気味な響きだった。
レティシアは、物音を立てないように気をつけながら、その隣に座り込んだ。
「貴族って……アベル様だって貴族でしょう? 領地をお持ちなんですから」
「そりゃあな。ランドロー辺境伯といえば、以前は名の知れた一族だったさ。だがこの領地で、王都の貴族たちと同じような優雅な暮らしができると思うか? 来賓に失礼のない程度にするのが精一杯だ」
アベルはそう言うと、手早くワインの瓶を片付けた。
ちらりと畑を見やるものの……怪しい気配は、ない。レティシアは畑の方に注意を向けつつ、アベルの話に返答することにした。
「それが不思議で……ランドロー家は建国の折に最も貢献したのですよね。それだけではなく、初代と2代目の聖女も輩出した……もっと厚遇されて然るべきでは?」
「……大昔の話ということだ。ずっとこんな辺境にいれば、王家との関わりだって薄くなる。そりゃあ見放すだろうさ」
「でも建国時に国王を助けた家門は、王都に住む有力貴族となったのに……私の家のリール家だってそうです。どうしてランドロー家だけ、王都と離れた場所に……?」
まだ文句を垂れているレティシアに、アベルが苦笑した。
「おかしな奴だ。お前の家はまごうことなき名家であり、それが揺らぐことはないだろう。それでいいんじゃないのか?」
「自分たちさえ良ければそれでいいというものではないでしょう。私たち貴族は、民の働きがなければ生きていけないのですから」
きっぱりと、そう言い放ったレティシアを、アベルは目を瞬かせて見つめていた。
「はは……リール公爵領の民は、良き主君に恵まれたな」
「は? 公爵領の主君は、父か兄ですけど? それにバルニエ領ほどじゃありません」
またも、レティシアは迷いなく言い放った。
アベルは、言葉ではなく、柔らかな笑みで答えた。その笑みが昼間にも目にした、とても心地の良いものだったから、レティシアの胸にふと疑問が再び湧いてしまった。
「あの……アベル様は、王立学院に在籍していらしたのですよね?」
「そうだが……こんな時に何だ?」
「在籍中に、魔石の技術を考え出されたのですよね?」
「……ああ」
「だったら、何故……」
「シッ……!」
レティシアの口にしかけた疑問を、アベルが咄嗟に塞いだ。二人の話し声の遙か向こうに、かすかな音が聞こえたのだ。
二人揃って視線だけを向けると、そこには確かに、こそこそと動き回る黒い影があった。
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