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第3章 泥まみれの宝

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 件の畑は、領地の南側に広がる平地にあった。領地の中ではアベルの領主館の次に広い敷地で、何種類もの作物を何面もの畑で育てている。

 小作人も数人いて、よく手入れの行き届いた畑だった。

 レティシアとアベルも、昨日この畑を回ったばかりだった。その時は一面緑に覆われ、粒の揃った美しい実が並ぶ光景だったものだが……今日は、一変してひどい荒れようだった。

「何故俺に言わない。一大事だぞ」
「申し訳ありません、アベル様。お手を煩わせてはと思いまして……」
「こんな時に対処するのが領主だろう」

 その農夫の気持ちも、レティシアは少しわかった。
 アベルは日中は領地の畑を回って、畑仕事を手伝い、日が落ちると館に戻って遅くまで領地運営の仕事をしている。

 王都の重臣たちでもそこまで働いている者はいなかった。

 アベルを慕う領民は少しでも休んで欲しいと思っているに違いない。
 だが、目の前のこの惨状は、とても看過できるものではなかった。

「酷いわ。もうすぐ収穫できそうなものまで……」
「荒らされたのがこっちの畑だけでまだ良かった。あっちの、もっと大きな畑の方まで荒らされては、目も当てられない」

 そう言ったものの、アベルの表情は暗いままだった。解決したわけではないのだから。

 畑の作物は、引きちぎられて食い散らかされて、あちこちに食べた残骸が残っていた。残っている作物の保全と、散らかった残骸の後片付けもしなければならないと考えると気が遠くなる。

「あはは……まぁどれもきれいに実の甘い部分を平らげてますからねぇ。美味そうに食ってくれてるのが、せめてもの救いですわ」 
「美味そうに食っている……か」

 アベルが、かじられた実を拾い、しげしげと眺めていた。

「どうかしたんですか?」
「いや、この痕がな……」

 そう言って、かじられた箇所をずいと差し出した。よくわからないが、何やら小さめの、大きさの整った歯が並んでいるようなかじり痕だ。

「何か感じないか?」
「……獣の歯形に見えないような……牙がありませんね」
「ああ」

 レティシアの返答で何かの確信を得たらしく、頷いたアベルはそのまましゃがみこんだ。今度は、踏み荒らされた作物の畝を見ている。

「これを見ろ」

 そう言って、地面に落ちていた蔓を引き上げた。その先はちぎれていたが……先端に、何か違和感を感じた。

「切られている?……ちぎれているんじゃなくて?」
「やはり、そう見えるか」

 レティシアの方も、アベルの言葉で、考えが確信に変わっていった。
 
「あのぅ……何かおかしいんですかい?」

 農夫は不安げな表情でアベルを見つめた。
 近隣の森から来た獣に酷く荒らされたものとばかり思っていた彼にとって、それ以外の可能性は不安でしかない。

 黙っておくこともできなくはないが……レティシアもアベルも、捨て置けなかった。

「ああ。これは獣の仕業じゃない……人間の仕業だ」
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