上 下
54 / 170
第3章 泥まみれの宝

11

しおりを挟む
「おや、戻って来ましたね」
「レティさん、気分はどうですか?」

 同じ顔で、暢気な表情と心配そうな表情……2種類の顔が並んで不思議な気分だった。

「もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「ああ、もう治ったようだ。スープをもう一杯よそってやってくれるか」
「それが……」

 言い淀むアラン。レティシアとアベルが、はたと鍋に視線を向けると、物の見事に平らげられていた。もはや一滴も残っていない。

「うそ……あんなにあったのに」
「すみません。あんまり美味いもんだから一口食べたら止まらなくなっちまいまして」

 悪びれもせずに言うジャン。きれいに食べ尽くした様子から、『美味い』という言葉に嘘はないようだ。

「いやぁ、しかし本当に美味い。これが弟から聞いていたジャガイモ……ポムドテールの実ですか。まさかこんなに美味い料理に化けるとはね」
「美味いのは、アランの腕のおかげでもあるがな」

 ジャンが、ふいに器に視線を落とした。それまで彼の纏っていた陽気な空気に、ほんの少し影がかかった。

 どうしたのか、と気にかかったとき、レオナールが両手を叩いて皆に呼びかけた。

「さあさあ皆さん。作業に戻りましょう。ジャンを労う役はアベル様とアランにお任せして」

 レオナールの呼びかけに、村人たちは素直に従った。レオナールはアベルに目配せをして、村人たちとともに畑に向かい、アベルとアランとジャン、そしてレティシアだけがその場に残された。

 とはいえ、レティシアがこの場で出来ることは、特にない。

「あの……私は厨房で片付けをしてきますね」
「そんなこと、僕が……」
「いえいえ私が……積もる話もあるでしょう?」

 レオナールがわざわざ指名してアベルとアランを残したのだから、きっと重要な話があるに違いない。レティシアは器や鍋をまとめて、そそくさと立ち去ろうとした。

「まぁそう急がなくていいじゃないですか。俺としては、お嬢さんの話も聞きたいですよ」
「わ、私の話なんて……」
「いえいえ、弟から聞いて、楽しみにしてたんですよ。レティさん……でしたっけ? よくこんな大それたことをしたもんだなぁと思ってました」

『大それたこと』……改めて言われて、レティシアは肩を竦めた。

「この芋……ジャガイモなんて呼んでましたが、以前はポムドテールと呼ばれていたもので、この国ではご禁制なんですよ。まさかご存じない?」
「し、知ってますとも」
「禁じられている理由も?」

 レティシアはおずおずと頷いた。ジャンの軽やかな声に、言い知れない圧力を感じていた。

「外国の賓客を招いてのパーティーで、それを使った料理を出したところ、参加していた全員が倒れてしまったから……と聞いています。当時は外交問題にも発展しかかったとか」
「幸い医師のおかげでお客人はすぐに快復したので、外交云々は事なきを得ましたがね。問題は国内ですよ。名のある貴族がバタバタ倒れたもんだから、大騒ぎなんてもんじゃない」
「その話は聞きました。確か……実の部分ではなく、茎や葉を調理したのですよね?」

 ジャガイモの実は美味しいし栄養価もあるが、茎や葉には毒性がある。命に関わるようなことはないが、食べた量によっては倒れることもある。

 その一件があったからこそ知られたことだが、当時は解明されておらず、ただただ食べた者が倒れたという事実に騒然としていた。レティシアの父も、しばし不調になり、快復後は事後処理に奔走していた。

「でも、扱いを理解すれば大丈夫よ。食べられるどころか、こうして貴重な食料源にできるのだし……」
「レティさん、俺が言いたいのはね……よくそんな勇気があったな、ということですよ」
「どういうこと?」

 眉をひそめるレティシアを、ジャンがまっすぐに見つめる。レティシアを見定めようとしているようだった。

「そうか、やはり知らないんですね……」
「何を?」
「待てジャン、それ以上は……!」

 ぽつりと零れたようなジャンの言葉に、慌てて蓋をするようにアベルが叫ぶだが、ジャンはそれを払いのけた。

「いいじゃないですか。ここまで話したんですから。レティさん、これは庶民には知られていないことなんですが、特別に教えてあげますよ。あの騒ぎ…… 実は最も被害を被ったのは、王家なんです」
「兄さん!」

 アランまでが声を荒らげている。だが、それでもジャンは口をつぐもうとはしない。レティシアを試そうとしている。

「あの一件で、王子は死にかけて、王妃は聖女としての力を失ったんです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。

緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!  4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。  無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。  日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m ※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m ※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)> ~~~ ~~ ~~~  織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。  なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。  優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。  しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。  それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。  彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。  おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。

光と影の約束

 (笑)
恋愛
名門貴族の令嬢エリザベスは、婚約者と親友の裏切りによってすべてを失い、絶望の淵に立たされる。しかし、ある日彼女は神秘的な力と出会い、復讐を誓う。新たな力を手にしたエリザベスは、冷静かつ計画的に裏切った者たちを追い詰め、華麗に舞い戻る。果たして彼女の復讐劇は成功するのか?そして、彼女が選ぶ未来とは──。

【完結】今も昔も、あなただけを愛してる。

刺身
恋愛
「僕はメアリーを愛している。僕としてはキミを愛する余地はない」  アレン・スレド伯爵令息はいくらか申し訳なさそうに、けれどキッパリとそう言った。  寵愛を理由に婚約について考え直すように告げられたナディア・キースは、それを受けてゆっくりと微笑む。 「その必要はございません」とーー。  傍若無人なメアリーとは対照的な性格のナディアは、第二夫人として嫁いだ後も粛々と日々を送る。  そんな関係性は、日を追う毎に次第に変化を見せ始めーー……。  ホットランキング39位!!😱 人気完結にも一瞬20位くらいにいた気がする。幻覚か……? お気に入りもいいねもエールもめっちゃ励みになります! 皆様に読んで頂いたおかげです! ありがとうございます……っ!!😭💦💦  読んで頂きありがとうございます! 短編が苦手過ぎて、短く。短く。と念じながら書いておりましたがどんなもんかちょっとわかりません。。。滝汗←  もしよろしければご感想など頂けたら泣いて喜び反省に活かそうと思います……っ!  誤用や誤字報告などもして下さり恐縮です!!勉強になります!!  読んで下さりありがとうございました!!  次作はギャグ要素有りの明るめ短編を目指してみようかと思います。。。 (すみません、長編もちゃんと覚えてます←💦💦)  気が向いたらまたお付き合い頂けますと泣いて喜びます🙇‍♀️💦💦  この度はありがとうございました🙏

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

聖女として王国を守ってましたが追放されたので、自由を満喫することにしました

ルイス
恋愛
天候操作、守護結界、回復と何でも行える天才聖女エミリー・ブライダルは王国の重要戦力に位置付けられていた。 幼少のことから彼女は軟禁状態で政権掌握の武器としても利用されており、自由な時間などほとんどなかったのだ。そんなある日…… 「議会と議論を重ねた結果、貴様の存在は我が王国を根底から覆しかねない。貴様は国外追放だ、エミリー」 エミリーに強権を持たれると危険と判断した疑心暗鬼の現政権は、エミリーを国外追放処分にした。兵力や魔法技術が発達した為に、エミリーは必要ないとの判断も下したのだ。 晴れて自由になったエミリーは国外の森林で動物たちと戯れながら生活することにした。砂漠地帯を緑地に変えたり、ゴーストタウンをさらに怖くしたりと、各地で遊びながら。 また、以前からエミリーを気にかけていた侯爵様が彼女の元を訪ね、恋愛関係も発展の様相を見せる。 そして……大陸最強の国家が、故郷の王国を目指しているという噂も出て来た。 とりあえず、高みの見物と行きましょうか。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...