42 / 170
第2章 芋聖女と呼ばないで
22
しおりを挟む
「アベル様の庭園が戻ったぞ!」
「また奇跡を起こしてくれた!」
歓声がレティシアとアベルを包んだ。
その鮮やかな景色が甦ったことを喜ぶ人々に囲まれて、アベルはしばし呆然としていた。もしや、余計な事だったのだったのだろうか、レティシアは思わずそう感じて、そろそろと尋ねてみた。
「あ、あの……いけませんでしたか?」
「いや……そういうわけでは……」
先ほどまでずっと理路整然としていたアベルが、急に言葉をなくしていた。何故だか、急にレティシアから顔を逸らすようになってしまっている。
「おや珍しい。アベル様が感激で言葉なくしちまってるよ」
「ち、違う……!」
「このお庭、大事にしてたもんねぇ」
普段と違う様子に、村人たちはにやけ顔が止まらないようだ。
「それはそうだが……せっかくの薬を、畑じゃなくこんな……俺の手慰みの庭なんぞに使ってと、その……呆れていただけだ」
「初めて会った時、激怒していらしたから直さなければと思ったんですけど?」
「まぁ、そうだな……する」
アベルの声は、最後に向けてすぼんでいったので肝心な所が聞こえなかった……。どうもアベルを囲んでいる人たちには聞こえたようだが。
首をかしげるレティシアを置いて、レオナールが手を叩きながら、皆を注目させていた。
「はいはい。アベル様の意外な弱点がわかって嬉しい気持ちはわかりますが、それくらいにしておきましょう」
「じ、弱点とは何だ!」
「おや、言ってしまってもいいのですか?」
レオナールまでが、ニヤリと笑みを浮かべてアベルを見つめた。意味ありげな笑みに、アベルはぐっと歯がみしている。
「さて……では、改めて乾杯といきましょうか我らが聖女を交えて」
「せ!?」
今、レオナールは確かに『聖女』と言った。正確にはまだ聖女ではないし、レティシアの素性が村人たちにまで知れ渡ってしまうのはさすがに避けたかった。
一応、人目を忍んでいる身なのだ。
「あ、アベル様……人前で『聖女』関連の発言は控えて頂けると……」
「大丈夫だ」
アベルは特に焦る様子も悪びれる様子もなく、そう言った。何が大丈夫なのかわからないまま、ちらりと村人たちを見ると……皆、特に気にした様子はなかった。
(良かった。やっぱり大した話題にはならないのね)
そう、思ったのだが……。
「よぅし、じゃあアベル様。乾杯してくださいよ。美味い芋の料理と、芋の聖女様に!」
「……『芋の聖女』?」
「ああ。最初はお前こそが『聖女』だと持ち上げていたんだが……さすがに当代の聖女である王妃様を差し置いて『聖女』と呼ぶわけにもいくまい。そこで、二つ名のようにしてしまおうかと提案があってな。お前にふさわしい二つ名など、一つしかないだろう」
目を丸くするレティシアを置いて、アベルは一歩進み出た。そして片手にスープの皿と葡萄酒の器を持っている。
「では皆、我らに新たなジャガイモという恵みをもたらしてくれた芋の聖女に、乾杯!」
「乾杯! 芋聖女様に!」
あちこちで、葡萄酒の器が高らかに掲げられる。それと共に、歓声が響き渡る。
アベルによると、こんなにも楽しそうに賑わうのは何時ぶりか分からない、とのことだった。
だが、今、この時……それらを塗り替える叫び声が、領地に響き渡った。
「私を……『芋聖女』だなんて、呼ばないでーーーーっっ!!!」
「また奇跡を起こしてくれた!」
歓声がレティシアとアベルを包んだ。
その鮮やかな景色が甦ったことを喜ぶ人々に囲まれて、アベルはしばし呆然としていた。もしや、余計な事だったのだったのだろうか、レティシアは思わずそう感じて、そろそろと尋ねてみた。
「あ、あの……いけませんでしたか?」
「いや……そういうわけでは……」
先ほどまでずっと理路整然としていたアベルが、急に言葉をなくしていた。何故だか、急にレティシアから顔を逸らすようになってしまっている。
「おや珍しい。アベル様が感激で言葉なくしちまってるよ」
「ち、違う……!」
「このお庭、大事にしてたもんねぇ」
普段と違う様子に、村人たちはにやけ顔が止まらないようだ。
「それはそうだが……せっかくの薬を、畑じゃなくこんな……俺の手慰みの庭なんぞに使ってと、その……呆れていただけだ」
「初めて会った時、激怒していらしたから直さなければと思ったんですけど?」
「まぁ、そうだな……する」
アベルの声は、最後に向けてすぼんでいったので肝心な所が聞こえなかった……。どうもアベルを囲んでいる人たちには聞こえたようだが。
首をかしげるレティシアを置いて、レオナールが手を叩きながら、皆を注目させていた。
「はいはい。アベル様の意外な弱点がわかって嬉しい気持ちはわかりますが、それくらいにしておきましょう」
「じ、弱点とは何だ!」
「おや、言ってしまってもいいのですか?」
レオナールまでが、ニヤリと笑みを浮かべてアベルを見つめた。意味ありげな笑みに、アベルはぐっと歯がみしている。
「さて……では、改めて乾杯といきましょうか我らが聖女を交えて」
「せ!?」
今、レオナールは確かに『聖女』と言った。正確にはまだ聖女ではないし、レティシアの素性が村人たちにまで知れ渡ってしまうのはさすがに避けたかった。
一応、人目を忍んでいる身なのだ。
「あ、アベル様……人前で『聖女』関連の発言は控えて頂けると……」
「大丈夫だ」
アベルは特に焦る様子も悪びれる様子もなく、そう言った。何が大丈夫なのかわからないまま、ちらりと村人たちを見ると……皆、特に気にした様子はなかった。
(良かった。やっぱり大した話題にはならないのね)
そう、思ったのだが……。
「よぅし、じゃあアベル様。乾杯してくださいよ。美味い芋の料理と、芋の聖女様に!」
「……『芋の聖女』?」
「ああ。最初はお前こそが『聖女』だと持ち上げていたんだが……さすがに当代の聖女である王妃様を差し置いて『聖女』と呼ぶわけにもいくまい。そこで、二つ名のようにしてしまおうかと提案があってな。お前にふさわしい二つ名など、一つしかないだろう」
目を丸くするレティシアを置いて、アベルは一歩進み出た。そして片手にスープの皿と葡萄酒の器を持っている。
「では皆、我らに新たなジャガイモという恵みをもたらしてくれた芋の聖女に、乾杯!」
「乾杯! 芋聖女様に!」
あちこちで、葡萄酒の器が高らかに掲げられる。それと共に、歓声が響き渡る。
アベルによると、こんなにも楽しそうに賑わうのは何時ぶりか分からない、とのことだった。
だが、今、この時……それらを塗り替える叫び声が、領地に響き渡った。
「私を……『芋聖女』だなんて、呼ばないでーーーーっっ!!!」
0
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
聖女追放。
友坂 悠
ファンタジー
「わたくしはここに宣言いたします。神の名の下に、このマリアンヌ・フェルミナスに与えられていた聖女の称号を剥奪することを」
この世界には昔から聖女というものが在った。
それはただ聖人の女性版というわけでもなく、魔女と対を成すものでも、ましてやただの聖なる人の母でもなければ癒しを与えるだけの治癒師でもない。
世界の危機に現れるという救世主。
過去、何度も世界を救ったと言われる伝説の少女。
彼女こそ女神の生まれ変わりに違いないと、そう人々から目されたそんな女性。
それが、「聖女」と呼ばれていた存在だった。
皇太子の婚約者でありながら、姉クラウディアにもジーク皇太子にも疎まれた結果、聖女マリアンヌは正教会より聖女位を剥奪され追放された。
喉を潰され魔力を封じられ断罪の場に晒されたマリアンヌ。
そのまま野獣の森に捨てられますが……
野獣に襲われてすんでのところでその魔力を解放した聖女マリアンヌ。
そこで出会ったマキナという少年が実は魔王の生まれ変わりである事を知ります。
神は、欲に塗れた人には恐怖を持って相対す、そういう考えから魔王の復活を目論んでいました。
それに対して異議を唱える聖女マリアンヌ。
なんとかマキナが魔王として覚醒してしまう事を阻止しようとします。
聖都を離れ生活する2人でしたが、マキナが彼女に依存しすぎている事を問題視するマリアンヌ。
それをなんとかする為に、魔物退治のパーティーに参加することに。
自分が人の役にたてば、周りの人から認めてもらえる。
マキナにはそういった経験が必要だとの思いから無理矢理彼を参加させますが。
世界樹の下で
瀬織董李
ファンタジー
神様のうっかりで死んでしまったお詫びに異世界転生した主人公。
念願だった農民生活を満喫していたある日、聖女の代わりに世界樹を救う旅に行けと言われる。
面倒臭いんで、行きたくないです。え?ダメ?……もう、しょうがないなあ……その代わり自重しないでやっちゃうよ?
あれ?もしかしてここ……乙女ゲームの世界なの?
プロット無し、設定行き当たりばったりの上に全てスマホで書いてるので、不定期更新です
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~
こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。
召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。
美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。
そして美少女を懐柔しようとするが……
姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる