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第2章 芋聖女と呼ばないで
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レティシアの体を光が包む。魔法陣は昨日と同じように、目印をつけた場所に向かって転移させた。
光が止めば、レティシアが植えた野菜たちがお出迎えしてくれる……はずだった。
「……あれ?」
そのはずだったのに、いくら見回しても畑が見えない。それどころか、今いる場所は屋外ではなく屋内のようだった。
白い壁に黒い竜のレリーフがついた部屋だ。豪奢なようだが、レリーフ以外は質素なあしらいしかない。
きょろきょろ見回しても、特に何もめぼしいものなどなかった。ただし、めぼしい人物なら、いた。
その人物は真っ黒な髪に真っ赤な瞳をたたえ、静かに椅子に腰掛けて、レティシアの挙動を見守っていた。
その背後には年配の男性が控えており、二人揃ってレティシアをじっと見つめていた。まるで、そこにレティシアが現れるとわかっていたかのようだ。
「えっと……ど、どうもご機嫌よう」
「ああ」
ぼそっと呟くだけで、その人物……アベルは微動だにしない。だがその手に、見覚えのあるものが握られていた。
「私の転移石!」
――と叫んでから口をつぐんだが、もう遅い。
手元の転移結晶をちらちら見ながら、アベルは「ふぅん」と息を漏らした。レティシアに声をかけたのは、傍に控えていたレオナールの方だった。
「転移石ですか……。確かアベル様の魔石同様、自分の魔力を込めておいて、転移するときの目印にするものでしたね。私も目にしたのは初めてです。転移魔法自体、使い手が少ないのであまり知られていないことではありますが、まさかこんな若いお嬢さんが使い手とは思いも寄りませんでした」
転移魔法は物を存在ごと移動させてしまうので、扱いが難しい。多少使えるようになったとしても、よほどの実力者でない限り生き物を転移させることは禁じられている。
レティシアのような年齢で使いこなせる者など、ほぼいない。だからこそ、使えることを隠して、こっそり自分だけの秘技にしていたのだが……秘密にしなければいけない分、これまた扱いが難しくなる。
今回のように、目印を発見されてはならない、とか。
「昨日、お前の様子があまりに不審だったから後をつけたんだ。そうしたらいきなり姿が消え、後にはコレが残されていてな」
「そ、そうだったんですか……す、凄いですわね。物語に出てくる密偵のようです」
「そうだな。俺の領地に厄介事を持ち込む輩を見過ごすわけには行かないからな」
アベルの眼光が、鋭く光った。
「それで、結局お前はどこの何者だ?」
「き、教会の者で……」
「そんな嘘が通用すると思うのか」
ぴしゃりと言われてしまった。凍り付いてしまいそうな冷たい声だった。昨日垣間見た、ほんの少し和らいだ顔が嘘のようだった。
レティシアは、覚悟を決めた。
そしてアベルの前に立ち、姿勢を正した後、スカートの裾を僅かに持ち上げて、お辞儀をした。
「『レティシア・ド・リール』と申します。これまでの非礼をお許し下さい」
その名を耳にしたレオナールは、目を瞠っていた。
「リール……それにレティシア……というと、もしや宰相リール公爵のご令嬢ですか?……王太子殿下のご婚約者の?」
「……元ですが」
「元とは?」
「その婚約は破棄されましたから」
「破棄とは、バカな……」
戸惑いつつ、判断を仰ぐように、レオナールは視線をアベルに向けた。アベルの方はと言うと、まだレティシアをじっと検分するかのように睨みつけたままだ。
「……本当に、お前の背後には誰もいないのか?」
「背後? リール公爵家はいざとなれば味方してくれるでしょうけれど」
「その他の貴族連中は?……王家は?」
「さあ……誰も私には近寄らないかと思います。なにせ婚約は破棄されたんですもの。近寄れば、自分まで王家とこじれる危険性があるんですから」
レティシアがやや投げやりな調子で言うと、アベルは考え込んでうなり声を上げた。
光が止めば、レティシアが植えた野菜たちがお出迎えしてくれる……はずだった。
「……あれ?」
そのはずだったのに、いくら見回しても畑が見えない。それどころか、今いる場所は屋外ではなく屋内のようだった。
白い壁に黒い竜のレリーフがついた部屋だ。豪奢なようだが、レリーフ以外は質素なあしらいしかない。
きょろきょろ見回しても、特に何もめぼしいものなどなかった。ただし、めぼしい人物なら、いた。
その人物は真っ黒な髪に真っ赤な瞳をたたえ、静かに椅子に腰掛けて、レティシアの挙動を見守っていた。
その背後には年配の男性が控えており、二人揃ってレティシアをじっと見つめていた。まるで、そこにレティシアが現れるとわかっていたかのようだ。
「えっと……ど、どうもご機嫌よう」
「ああ」
ぼそっと呟くだけで、その人物……アベルは微動だにしない。だがその手に、見覚えのあるものが握られていた。
「私の転移石!」
――と叫んでから口をつぐんだが、もう遅い。
手元の転移結晶をちらちら見ながら、アベルは「ふぅん」と息を漏らした。レティシアに声をかけたのは、傍に控えていたレオナールの方だった。
「転移石ですか……。確かアベル様の魔石同様、自分の魔力を込めておいて、転移するときの目印にするものでしたね。私も目にしたのは初めてです。転移魔法自体、使い手が少ないのであまり知られていないことではありますが、まさかこんな若いお嬢さんが使い手とは思いも寄りませんでした」
転移魔法は物を存在ごと移動させてしまうので、扱いが難しい。多少使えるようになったとしても、よほどの実力者でない限り生き物を転移させることは禁じられている。
レティシアのような年齢で使いこなせる者など、ほぼいない。だからこそ、使えることを隠して、こっそり自分だけの秘技にしていたのだが……秘密にしなければいけない分、これまた扱いが難しくなる。
今回のように、目印を発見されてはならない、とか。
「昨日、お前の様子があまりに不審だったから後をつけたんだ。そうしたらいきなり姿が消え、後にはコレが残されていてな」
「そ、そうだったんですか……す、凄いですわね。物語に出てくる密偵のようです」
「そうだな。俺の領地に厄介事を持ち込む輩を見過ごすわけには行かないからな」
アベルの眼光が、鋭く光った。
「それで、結局お前はどこの何者だ?」
「き、教会の者で……」
「そんな嘘が通用すると思うのか」
ぴしゃりと言われてしまった。凍り付いてしまいそうな冷たい声だった。昨日垣間見た、ほんの少し和らいだ顔が嘘のようだった。
レティシアは、覚悟を決めた。
そしてアベルの前に立ち、姿勢を正した後、スカートの裾を僅かに持ち上げて、お辞儀をした。
「『レティシア・ド・リール』と申します。これまでの非礼をお許し下さい」
その名を耳にしたレオナールは、目を瞠っていた。
「リール……それにレティシア……というと、もしや宰相リール公爵のご令嬢ですか?……王太子殿下のご婚約者の?」
「……元ですが」
「元とは?」
「その婚約は破棄されましたから」
「破棄とは、バカな……」
戸惑いつつ、判断を仰ぐように、レオナールは視線をアベルに向けた。アベルの方はと言うと、まだレティシアをじっと検分するかのように睨みつけたままだ。
「……本当に、お前の背後には誰もいないのか?」
「背後? リール公爵家はいざとなれば味方してくれるでしょうけれど」
「その他の貴族連中は?……王家は?」
「さあ……誰も私には近寄らないかと思います。なにせ婚約は破棄されたんですもの。近寄れば、自分まで王家とこじれる危険性があるんですから」
レティシアがやや投げやりな調子で言うと、アベルは考え込んでうなり声を上げた。
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