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第2章 芋聖女と呼ばないで
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レティシアの宿は、王都のリール公爵邸……実家だ。
そういえば朝の会話ではうやむやにしてしまっていたが、転移魔法でここまで来たことは話していないのだった。
「どうした? 手形の件はまた今度でもいいが、ともかく余所から移ってきたのだろう? 村のどこかに宿をとっているのではないのか?」
「えーと……村の中ではないです……」
嘘ではない。この村ではないのだから。
「村の中じゃないならどこだ?」
「それは……村はずれに無人の小屋を見つけまして……」
「そんなものがあったか? ともかくそんな場所なら余計に女一人では危険だ。なんならこの館にでも……」
「そ、そんなとんでもない!」
「遠慮はいらない。俺とレオナールくらいしかいないから、空き部屋ならある。夕食もつけるぞ」
「い、いえもう……お構いなく……!」
頑なに固辞するレティシアを、アベルは再び訝りだした。眉をひそめて怪訝な表情でレティシアを睨んでいる。
「念のため言うが……畑に『恵み』は戻ったが、細々とした作業はまだある。明日も顔を出してほしいが……」
「もちろん来ます! 何でもお手伝いしますとも! あ、お約束の印にこれを!」
レティシアは、髪を結っていたリボンをするりと解き、アベルに差し出した。
「一番お気に入りのリボンです。明日、また必ず取りに来ますから」
『一番お気に入り』というのは嘘だった。だが、よく見ると上質な素材で作られ、細かな刺繍まで施されているリボンなので、取りに来るという約束としては説得力があると思われた。
アベルはリボンとレティシアを見比べて、しばし首を傾げていたものの、最後には頷いた。
「わかった。そこまで言うなら信じよう」
「良かった。じゃあ私はこれで! お気遣いなく!」
レティシアは、叫ぶなり全力で駆け出した。おそらく追いかけられたら追いつかれるだろうから、とにかく必死に重い足に鞭打って走った。
そして、元の畑の場所まで戻って、アベルも他の誰も追ってきていないことを確認して、転移魔法を起動した。
「ふぅ……本来は疲れないように設定したものなのに、本末転倒じゃない」
誰にともなく呟いた次の瞬間には、レティシアは光とともにその村から姿を消していた。
そういえば朝の会話ではうやむやにしてしまっていたが、転移魔法でここまで来たことは話していないのだった。
「どうした? 手形の件はまた今度でもいいが、ともかく余所から移ってきたのだろう? 村のどこかに宿をとっているのではないのか?」
「えーと……村の中ではないです……」
嘘ではない。この村ではないのだから。
「村の中じゃないならどこだ?」
「それは……村はずれに無人の小屋を見つけまして……」
「そんなものがあったか? ともかくそんな場所なら余計に女一人では危険だ。なんならこの館にでも……」
「そ、そんなとんでもない!」
「遠慮はいらない。俺とレオナールくらいしかいないから、空き部屋ならある。夕食もつけるぞ」
「い、いえもう……お構いなく……!」
頑なに固辞するレティシアを、アベルは再び訝りだした。眉をひそめて怪訝な表情でレティシアを睨んでいる。
「念のため言うが……畑に『恵み』は戻ったが、細々とした作業はまだある。明日も顔を出してほしいが……」
「もちろん来ます! 何でもお手伝いしますとも! あ、お約束の印にこれを!」
レティシアは、髪を結っていたリボンをするりと解き、アベルに差し出した。
「一番お気に入りのリボンです。明日、また必ず取りに来ますから」
『一番お気に入り』というのは嘘だった。だが、よく見ると上質な素材で作られ、細かな刺繍まで施されているリボンなので、取りに来るという約束としては説得力があると思われた。
アベルはリボンとレティシアを見比べて、しばし首を傾げていたものの、最後には頷いた。
「わかった。そこまで言うなら信じよう」
「良かった。じゃあ私はこれで! お気遣いなく!」
レティシアは、叫ぶなり全力で駆け出した。おそらく追いかけられたら追いつかれるだろうから、とにかく必死に重い足に鞭打って走った。
そして、元の畑の場所まで戻って、アベルも他の誰も追ってきていないことを確認して、転移魔法を起動した。
「ふぅ……本来は疲れないように設定したものなのに、本末転倒じゃない」
誰にともなく呟いた次の瞬間には、レティシアは光とともにその村から姿を消していた。
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