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第2章 芋聖女と呼ばないで

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「ゆっくり、少しずつだ」
「『ゆっくり』『少しずつ』……」

 アベルに言われた言葉を繰り返しながら、レティシアはそっと掌から魔力を放った。昨日は思うさま溢れるまま放出したのだったが、今日は違う。
 
 ジャガイモの二の舞にならないよう、アベルが傍についてしっかり監視していた。
 アベルの言うイメージは、大きな器から小さな器を使って少しずつ注ぐというもの。いきなり大きな器から勢いよく注げば、あっという間に零れてしまう。だから『ゆっくり』『少しずつ』なのだ。

 畑ごとにそれを繰り返し、レティシア自身も少しだけ要領をつかめてきたように感じていた。だが……

「そう、その調子……この畑はこれぐらいだろう。よし、次だ」
「い、今って……全体のどれくらい回りましたか?」
「ようやく半分といったところだな」
「は、はんぶん……」

 愕然として、倒れ込んでしまった。
 自ら申し出たこととはいえ、レティシアは休みなく畑を巡り、もうヘトヘトだった。

 だが息を切らすレティシアとは対照的に、同じように歩き続けているアベルは息一つ乱していない。初めて出会ったときと同様、涼しげな面持ちでレティシアを見下ろしていた。

「だらしない。こんなにも領地の端々にまで魔力を巡らせたくせに、どうして一つ一つ回るとへたれこむんだ」
「き、昨日は『歩いて移動する』っていう行程がなかったものですから……」
「仕方ない。少し休憩にするか」
「……申し訳ありません」

 情けなく思いつつ、レティシアはその場に腰を下ろした。一日中日に当たって焼けてしまいそうな頬を、風が優しく撫でた。

 ひんやりとした感触を心地よく感じながら、レティシアは風の流れる先を見つめていた。その先には、これから巡る畑が広がっていた。

 そこら中に土を掘り返した跡が残る中、緑の葉っぱが青々と茂っている。花がしぼんで、代わりに別の膨らみが出来かかっている。だがそれ以上の成長を止めていて、葉も茎もどこか元気がない。

 突然横入りしてきた芋たちに養分を取られてしまったからだ。

 畑の端の方は、さらに元気がなかった。白っぽく変色して、水っぽさがない。もしかすると、芋に養分をとられたことだけが原因ではないかもしれない。

「これは……もとから元気がなかったのでしょうか?」

 ぽつりと呟いたレティシアの言葉に、アベルは頷いた。

「まあな。ここは王都から遠いから『恵み』が行き届いているわけではないからな」

 初めてこの地を見た時に感じた印象は、間違いではなかったらしい。

「あの……教会はないのですか? 遠方でも、『恵み』を少しでも繋いでもらえれば……」
「最低限しか税を納めていないからな。不信心者の領地など、見向きもされないんだ」

 聖女がもたらす『恵み』とは、神からの授かり物と謳ってはいるが、実質は聖女による神聖術を指す。

 その魔力を王都を中心として国中に巡らせる役目を教会が担っている。王都から離れて『恵み』を十分に受けられない土地でも、教会が分け与えられた『恵み』を領地に巡るよう計らうこともある。

 王都の聖大樹から枝を分け与えられ、その地の教会が根付かせる。そうすることで、王都の聖大樹の『恵み』を繋ぐことが出来る。

 ただし、そのような計らいを受けるには教会に寄付をしなければならない。

 それは国に納める税とは別のものだ。
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