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第2章 芋聖女と呼ばないで

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 レティシアとアラン、二人が同時に目を見開いて、動きを止めた。口以外の、だが。

「どうした? やはり、どこか……」
「美味しいです」
「……うん?」
「すっごく美味しいんです。このスープ! いつもの野菜のスープなんですけど、この芋がほくほく柔らかくて、でも食べ応えがあって、ほんのり甘くて、でも塩味と合わさっていい味に仕上がって……とにかく美味しいんです!」
「そ、そうか……」

 アランはできる限り口を開かないようにしながら、できる限り大きな声でそう叫んだ。それ以降は一言も喋らず、ただひたすらに咀嚼を繰り返している。まるで、飲み込んでしまうことを惜しむように。

「うん、我ながら上手く作れたわ」

 レティシアの方は皿一杯にスープが波打っているので、ぱくぱくと何口も食べられる。アランが、その様子を羨ましそうに見つめていた。

「アベル様……僕、もう少し食べては……」
「ダメだ。何かあってはいかんからな」

 ぴしゃりと言われて、アランは落ち込んでしまった。

 そんな様子もまた、効果がある。
 
 項垂れるアランと、美味しそうにぱくぱく食べるレティシアの様子を伺う村人たちを横目でチラリと見ていた。そして、その一人一人に、しっかりと美味しく頂いているのだとアピールしていた。

 案の定、二人の様子を見つめていた村人たちは、ごくりと喉を鳴らした。

(もう一押しね)

 もったいつけて最後の一口をぱくりと口に入れると、村人たちの残念そうな顔が見えた。

「皆さん、良ければおかわりがまだ少しあるのですが……いかがです?」

 村人たちは皆、視線を交わし合っていた。

 迷っている。先ほどまでアランを止めようという気概に満ちていた人々が、皆、自分もこちら側に加わりたいという空気を滲ませるようになった。

 譲り合いつつ、一人がそろそろと手を上げようとしている。その時――その手を横からアベルが強引に掴んで下ろさせた。

「今、試しに食べさせたのは美味いかどうかを見るためじゃない。食べても安全かどうかを確かめるためだ。よって毒味の人数を増やすわけにはいかない」

 村人たちは、あからさまにがっかりした顔をしたが、アベルは首を縦に振る気配はなかった。

 村人たちから目を背けるように、アベルはレティシアの方を振り返った。

「それはそうとして、お前、たらふく食べたな?」
「え? ええ、美味しかったです」
「よし」

 そう言うや、アベルはレティシアの手を取った。いや、掴んだと言う方が正しいだろうか。

 手首をがっしり掴み、逃がさないぞと言わんばかりの眼力をレティシアに向けている。

「あ、あの……?」
「体力が回復したなら行こうか。今日、お前にはまだまだたくさん、やることが残っている」
「……あ」

 スープを美味しそうと認識させて満足しかかっていたが、違った。

 レティシアは今日、この村の畑を元に戻すために、付いてきたのだった。
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