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第1章 偽聖女じゃありません!

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「お嬢様、おかえりなさいませ。いかがでした? 孤児院のこたちはお元気で?」

 転移魔法で自室に戻ってきて早々、立て続けに繰り出された質問も、レティシアの顔を見るや、止んでしまった。

「あの……何かあったんですか?」
「そうね……とりあえず、これにむしゃぶりつきたい気分だわ。付き合ってくれる?」

 レティシアはセシルから渡された袋に手を突っ込んで、おもむろに大きく膨らんだトマトを引っ張り出した。

「お嬢様……またやりましたね?」

 ネリーは、ニヤリと笑ってトマトを受け取った。

******

「そんな酷い噂が!?」
「しーっ! 外まで聞こえるじゃない」

 トマトにかぶりついて慎みというものを取っ払ったネリーは、声量まで慎みをなくしていた。

「許せません……公衆の面前でこきおろすだけじゃ飽き足らず、都合の良いように言いたい放題言って……!」
「あの時、何もせずに帰ってしまったにもマズかったわね。ああ悲しい……淑女の嗜みとして怒りを抑えてしとやかに退場したばっかりに……」
「お嬢様……トマトの汁で真っ赤な手をして言われても説得力がありませんよ。どうぞ」

 ネリーから手ぬぐいを受け取り、レティシアは手に着いたトマトの汁を拭った。

「それにしたって、その噂は酷い……お嬢様の力は枯らすものなんかじゃないのに」
「そうね。私の力は、他の神聖術の使い手よりも強すぎて、花が咲いた後の実が成るところまで一気に生長させてしまう……それだけなのにね」

 あの時咲かせろと言われたのが、もっと普通の実の成る植物だったなら、あるいはレティシアに軍配が上がったかもしれない。

 だが、きっとそんなことは起こらなかっただろう。

「あの男、絶対にわざとよ。私の力がどういうものか、あの人は知っていたんだもの。私を糾弾した内容は稚拙なくせに、妙に知恵の回る時もあるから厄介だわ」
「本当に、幼稚なのか聡明なのか、よくわからない方でしたね……私としては、お嬢様がこれ以上振り回される必要がなくなって良かったんですけれど……」
「まぁ、色々あったから不安定になる理由もわからなくはないのよ。ただ、昨日のアレは最悪ね。その後の噂も愚の骨頂よ。私を無様にしたところで自分以外の誰も喜ばないって、どうしてわからないのかしら」
「お嬢様もお嬢様ですよ。どうして説明しなかったんですか」
「説明したらなんだか言い訳がましいじゃない。だいいち説明する前に彼女が花を咲かせてしまったんだもの。何を言っても無駄だったでしょう」
「お嬢様の力はこの国の教会を統べる大司教様もお認めになられた力なんですよ。それを……」
「リュシアン殿下はね、そういう権威とか、権力とかが大っ嫌いなお方なのよ。それを公言しちゃうほどにね」

 自分の主張を通すと言えば聞こえはいいが、要は情勢を読むということをまったくしないのだ。だから、あんな手段もとってしまう。
 レティシアはそう呟くと、むしゃむしゃと手元のトマトを食べきって、再び袋の中に手を伸ばした。
    
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