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第1章 偽聖女じゃありません!
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視界が真っ白に塗りつぶされ、目をつぶる。
数秒してようやく目を開けると、目の前に広がる風景が変わっていた。
「転移成功ね」
転移魔法――文字通り、対象物を離れた距離に一瞬にして転移させる魔法だ。高度な魔法で、使用者には免状が必要なほどであり、その使い手も国に数人しかいない。だが、レティシアは学院に入って一年と経たない間に習得していた。
もっとも、そのことは周囲には秘密にしていた。
そんな特殊なことができると知られたら、また奇異の目で見られるかも知れない。ただでさえ目立っていたのだから。
内緒にしながら、いったい何にこの特殊な魔法を使っていたかと言うと……今のような“散歩”だった。
「はぁ~久しぶりに来たわ。皆元気にしてるかしら?」
転移してきたのは、王都のはずれにある孤児院だ。
教会の統括者である大司教直々に建てた施設であり、レティシアは以前から何度も訪れていた場所だ。
周囲を見回すと、真っ白な塀に真っ白な建物、そしてその壁面には細かな傷がいくつも見られる。その傷を見て、レティシアは思わず微笑んだ。
その時――
「レティ……さん!?」
急に扉が開き、建物裏口から女性が顔を出した。レティシアより少しだけ年長の、温厚そうな女性だ。
「こんにちは、セシル。突然来てごめんなさい」
「そのような……ですが、今日はどうしてここへ? お越しだとは伺っていませんが……」
セシルは素早く扉を閉め、小声でレティシアに尋ねた。
「ごめんなさい。事情があって閉じこもってたんだけど部屋から抜け出したくなって、準備無く来られるのはここぐらいだったのよ。あ、でも皆に会いたかったのも本当よ?」
「なんてありがたいお言葉……でも、今は……」
セシルはいつもならすぐに奥に通してくれるのだが、今日は何故か、顔をしかめて言葉を濁したままだ。
「もしかしてお客様がお見えだった?……まさか大司教様とか……!?」
「いえ、そうでは……」
「よかった。さすがにお顔を合わせづらいもの」
「……は?」
「あ、いや、何でもないのよ」
尋ね帰そうとするセシルと、あくまで言葉を濁すレティシア。平行線をたどるところだった二人のやりとりは、バタンという大きな音によって遮られた。
「あーレティだ!」
「本当だ! レティさんが来てくれた!」
声はあっという間にいくつもいくつも集まって、レティシアを取り囲んだ。レティシアの半分ほどの背丈しかない子供たちに、わずかな間にもみくちゃにされてしまったのだった。
「こ、こら皆! やめなさい!」
「いいのよ、セシル」
訪れる度に、子供たちは全力で歓迎してくれる。ちょうど今のように。
「すっごい久しぶり!」
「ねぇなんで? 前はよく来てくれてたのに」
「あぁ、えーと……」
貴族の年頃の令嬢が街をぶらついていたなんて噂を立てられてはいけないので、ここではセシル以外には身分を偽っている。
今は「商家の娘・レティ」だ。
貴族の通う王立学院の卒業試験に備えていて来られなかったとは、言えなかった。
「い、色々、家の手伝いが忙しかったのよ……」
「そうなの?」
視線を逸らしながらの怪しい受け答えだったが、子供たちはそれでも気にすることなく、ぐいぐい引っ張ってきた。
単に、遊んで欲しいだけではないようだ。
「ねえねえ、それより大変なんだよ。来て」
「どうかしたの?」
「いいから来て! 大変なの!」
子供たちはそう言って、レティシアの腕をぐいぐい引っ張っていった。
数秒してようやく目を開けると、目の前に広がる風景が変わっていた。
「転移成功ね」
転移魔法――文字通り、対象物を離れた距離に一瞬にして転移させる魔法だ。高度な魔法で、使用者には免状が必要なほどであり、その使い手も国に数人しかいない。だが、レティシアは学院に入って一年と経たない間に習得していた。
もっとも、そのことは周囲には秘密にしていた。
そんな特殊なことができると知られたら、また奇異の目で見られるかも知れない。ただでさえ目立っていたのだから。
内緒にしながら、いったい何にこの特殊な魔法を使っていたかと言うと……今のような“散歩”だった。
「はぁ~久しぶりに来たわ。皆元気にしてるかしら?」
転移してきたのは、王都のはずれにある孤児院だ。
教会の統括者である大司教直々に建てた施設であり、レティシアは以前から何度も訪れていた場所だ。
周囲を見回すと、真っ白な塀に真っ白な建物、そしてその壁面には細かな傷がいくつも見られる。その傷を見て、レティシアは思わず微笑んだ。
その時――
「レティ……さん!?」
急に扉が開き、建物裏口から女性が顔を出した。レティシアより少しだけ年長の、温厚そうな女性だ。
「こんにちは、セシル。突然来てごめんなさい」
「そのような……ですが、今日はどうしてここへ? お越しだとは伺っていませんが……」
セシルは素早く扉を閉め、小声でレティシアに尋ねた。
「ごめんなさい。事情があって閉じこもってたんだけど部屋から抜け出したくなって、準備無く来られるのはここぐらいだったのよ。あ、でも皆に会いたかったのも本当よ?」
「なんてありがたいお言葉……でも、今は……」
セシルはいつもならすぐに奥に通してくれるのだが、今日は何故か、顔をしかめて言葉を濁したままだ。
「もしかしてお客様がお見えだった?……まさか大司教様とか……!?」
「いえ、そうでは……」
「よかった。さすがにお顔を合わせづらいもの」
「……は?」
「あ、いや、何でもないのよ」
尋ね帰そうとするセシルと、あくまで言葉を濁すレティシア。平行線をたどるところだった二人のやりとりは、バタンという大きな音によって遮られた。
「あーレティだ!」
「本当だ! レティさんが来てくれた!」
声はあっという間にいくつもいくつも集まって、レティシアを取り囲んだ。レティシアの半分ほどの背丈しかない子供たちに、わずかな間にもみくちゃにされてしまったのだった。
「こ、こら皆! やめなさい!」
「いいのよ、セシル」
訪れる度に、子供たちは全力で歓迎してくれる。ちょうど今のように。
「すっごい久しぶり!」
「ねぇなんで? 前はよく来てくれてたのに」
「あぁ、えーと……」
貴族の年頃の令嬢が街をぶらついていたなんて噂を立てられてはいけないので、ここではセシル以外には身分を偽っている。
今は「商家の娘・レティ」だ。
貴族の通う王立学院の卒業試験に備えていて来られなかったとは、言えなかった。
「い、色々、家の手伝いが忙しかったのよ……」
「そうなの?」
視線を逸らしながらの怪しい受け答えだったが、子供たちはそれでも気にすることなく、ぐいぐい引っ張ってきた。
単に、遊んで欲しいだけではないようだ。
「ねえねえ、それより大変なんだよ。来て」
「どうかしたの?」
「いいから来て! 大変なの!」
子供たちはそう言って、レティシアの腕をぐいぐい引っ張っていった。
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