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第1章 偽聖女じゃありません!
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「レティシア・ド・リール公爵令嬢。お前との婚約を今、この場で、破棄させてもらう!」
そう、レティシアの隣に立つ男――婚約者のリュシアン王子は高らかに宣言した。
大聖堂はざわざわと色めき立つ。それもそうだ。今、ここではルクレール王国王立学院の卒業セレモニーが執り行われていたのだから。
レティシアの波打つ金の髪と、空を写し取ったような青い瞳がわずかに揺れた。
大聖堂にどっしりと根を下ろし、天に向かって大きく伸びる聖大樹の前で、卒業生代表2名が、学院長から祝辞を受ける。
今年の代表は、主席であるレティシアと、この国の王太子であるリュシアンだった。二人は、幼い頃から、将来この国を共に担っていく伴侶だと決められていた。
誇らしげに祝辞を述べる学長に深々と礼をし、そして全生徒に、いや国民全てに対して二人並んで宣言するはずだった。
王子リュシアンと、その婚約者レティシアはこの日を以て成人し、手を取り合ってこの国を担うことをここに誓う――と。
だけどリュシアンが叫んだのはまったく違う言葉だった。
「私はここに宣言する。これまでのレティシア嬢との婚約をとりやめ、新たに婚約者を迎えることを。その相手は――アネット・フェリエ嬢」
その言葉に、群衆は一気にどよめいた。群衆が戸惑いどよめく中、一人の少女が静かに歩み出た。リュシアンは、レティシアに向けた視線とは真逆の優しい眼差しをその少女に向けていた。
アネットはリュシアンの隣に立つと、差し出された手を取った。
「古より王都に根を下ろし、国中を見守るように大きく枝葉を広げる聖大樹。その身を削ってこの国の命すべてを守っていると言われ、それを裏付けるように、徐々に朽ちていこうとしている。まさしくこのルクレール王国の象徴であり、人々の希望であり、同時に我らが何を置いても守らなければならないもの――」
リュシアンは花の咲かなくなって久しい大樹の前で大仰にそう告げた。
「この国でもっとも神聖な木の前で、この国を担う二人が誓いを交わすのが代々の慣わしとなっている。そんな神聖な場で、偽りを述べることなど……まして、誓いを立てることなど、できようはずがない。この場で共に並び立つべき人は、このアネット・フェリエ嬢なのだ!」
恥ずかしそうに俯くアネットと勝ち誇ったようなリュシアンの顔を、誰もが呆然と眺めていた。
「レティシア、話は全て聞いているぞ。このアネットが平民出身だからと言って、悪い噂を広めたり、陰湿な嫌がらせを繰り返していたそうだな。そのような悪女が私の婚約者などとは、汚らわしい。まして、この国すべてを支える王妃……国母であるなど、あり得ない。よって、お前との婚約を破棄し、新たにアネットとの婚約を宣言するぞ」
その場の誰も、何も言えなかった。言えるはずがなかった。
今この場で何か言葉を発することが許されているのは、ただ一人、レティシアのみ。
レティシアがようやく開いた口から飛び出した言葉は――
「はぁぁぁぁ……!」
深く、そして長い長いため息だった。
リュシアンまで含めた全員が、目を瞬かせていた。誰も、そんな声を聞くと思っていなかったのだ。
レティシアは、体中のすべての息を吐き出したかと思うと、氷よりも冷めた目で、リュシアンを見返した。そして、ふふっと同時に笑った。
「仰りたいことは、以上ですか?」
そう、レティシアの隣に立つ男――婚約者のリュシアン王子は高らかに宣言した。
大聖堂はざわざわと色めき立つ。それもそうだ。今、ここではルクレール王国王立学院の卒業セレモニーが執り行われていたのだから。
レティシアの波打つ金の髪と、空を写し取ったような青い瞳がわずかに揺れた。
大聖堂にどっしりと根を下ろし、天に向かって大きく伸びる聖大樹の前で、卒業生代表2名が、学院長から祝辞を受ける。
今年の代表は、主席であるレティシアと、この国の王太子であるリュシアンだった。二人は、幼い頃から、将来この国を共に担っていく伴侶だと決められていた。
誇らしげに祝辞を述べる学長に深々と礼をし、そして全生徒に、いや国民全てに対して二人並んで宣言するはずだった。
王子リュシアンと、その婚約者レティシアはこの日を以て成人し、手を取り合ってこの国を担うことをここに誓う――と。
だけどリュシアンが叫んだのはまったく違う言葉だった。
「私はここに宣言する。これまでのレティシア嬢との婚約をとりやめ、新たに婚約者を迎えることを。その相手は――アネット・フェリエ嬢」
その言葉に、群衆は一気にどよめいた。群衆が戸惑いどよめく中、一人の少女が静かに歩み出た。リュシアンは、レティシアに向けた視線とは真逆の優しい眼差しをその少女に向けていた。
アネットはリュシアンの隣に立つと、差し出された手を取った。
「古より王都に根を下ろし、国中を見守るように大きく枝葉を広げる聖大樹。その身を削ってこの国の命すべてを守っていると言われ、それを裏付けるように、徐々に朽ちていこうとしている。まさしくこのルクレール王国の象徴であり、人々の希望であり、同時に我らが何を置いても守らなければならないもの――」
リュシアンは花の咲かなくなって久しい大樹の前で大仰にそう告げた。
「この国でもっとも神聖な木の前で、この国を担う二人が誓いを交わすのが代々の慣わしとなっている。そんな神聖な場で、偽りを述べることなど……まして、誓いを立てることなど、できようはずがない。この場で共に並び立つべき人は、このアネット・フェリエ嬢なのだ!」
恥ずかしそうに俯くアネットと勝ち誇ったようなリュシアンの顔を、誰もが呆然と眺めていた。
「レティシア、話は全て聞いているぞ。このアネットが平民出身だからと言って、悪い噂を広めたり、陰湿な嫌がらせを繰り返していたそうだな。そのような悪女が私の婚約者などとは、汚らわしい。まして、この国すべてを支える王妃……国母であるなど、あり得ない。よって、お前との婚約を破棄し、新たにアネットとの婚約を宣言するぞ」
その場の誰も、何も言えなかった。言えるはずがなかった。
今この場で何か言葉を発することが許されているのは、ただ一人、レティシアのみ。
レティシアがようやく開いた口から飛び出した言葉は――
「はぁぁぁぁ……!」
深く、そして長い長いため息だった。
リュシアンまで含めた全員が、目を瞬かせていた。誰も、そんな声を聞くと思っていなかったのだ。
レティシアは、体中のすべての息を吐き出したかと思うと、氷よりも冷めた目で、リュシアンを見返した。そして、ふふっと同時に笑った。
「仰りたいことは、以上ですか?」
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