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四章 鞍馬山の大天狗
十七
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「え、えーとですね……とある筋からの情報で、結界に閉じ込められた時の対処法を知りまして……」
「何それ? とある筋って?」
「今はそこは置いといてください。で、そこでこう……壁の向こう側を想像しろと言われたんですよ。向こう側に誰かがいると信じろって。それで、考えたらお母さんや治朗くんや太郎さんが浮かんで……おかげで、帰ってこられました」
「『向こう側に』……『誰かがいる』?」
急に太郎の眉がぴくりと動いた。それほど奇抜な言葉だったのだろうか。
「それを言ったのは、誰?」
今度は藍が驚く番だった。太郎の目がいつになく真剣で、鋭利な刃物のようだった。
「誰かはわからないです。夢のお告げっていうか」
「夢……夢ねぇ」
ぶつぶつ呟いていたかと思うと、太郎の口角が急に上がった。瞳はぎろりと鋭いままだったので不気味ではあったが、一応笑った顔で太郎は言う。
「じゃあ、その夢のお告げの人にこそ、お礼を言わないとね」
「そ、そうですね……」
この不気味な顔を見ていると、お告げのついでに太郎から気を吸い取られているのと同様のことをされたとは、言えなくなった。心に秘めておいた方が良いこともあると、藍は始めて思ったのだった。
太郎の方は珍しくもそんな藍の心情を察知することもなく、不気味にニコニコしたまま、また顔を近づけていた。
「な、なんですか?」
「一つ、聞きたいことがあるんだけど……さっき向こう側に誰かがいると信じて、母君や治朗や僕が思い浮かんだって言ったよね」
「い、言いましたね」
「誰のことを一番強く思ったときに、結界から出られたか、覚えてる?」
「……”誰のこと”?」
藍が母たちのことを思い浮かべたと言ったのは、思い返せば最初に結界にヒビを入れたときだ。あの時ならば、確か最後に思い浮かべたのは太郎だった。だが、破るまではいかなかった。
結果、遮那王に連れられた先で戻ることができたわけだが、その時に思い浮かべていた、結界の向こう側にいる人物といえば、誰だったか。藍は、うんうん唸って思い出そうとした。
(確か遮那王にお別れを言って、ちょっと笑ってくれたから良かったと思ったんだったような……)
そう思い返し、はたと気付いた。
「そうだ、僧正坊さんだ!」
「へ?」
「僧正坊さんから聞いていた源平に関する知識があったから、最後にあの遮那王をほんの少しでも笑顔にすることができたんです。だから、お礼を言おうと思ったんでした! そういえば言い忘れちゃったな……」
喉元にひっかかった小骨が取れたときのように、藍はすっきりした気分だった。だが、目の前にいる太郎は、どうもそうではないようだ。
さきほどの不気味な笑みは消え、眉がハの時に下がり、先ほど以上に目が潤んでいた。これは……泣き出す直前だ。
まずい、と思ったときには、もう手遅れだった。
「なんで!? なんでよりによって僧正坊なの!? あいつのせいでこんなことになったのに、何で!? 思い出すなら僕でしょ! ずーっと藍のこと考えてるのに! 酷いよ!!」
こうなったときの太郎は、それはもう面倒なことこの上ないのだった。そんなことを言える立場でもないのだが、そう思ってしまう。
「あーで、でも太郎さんの……鈴! そう、鈴の音が聞こえました! だからたぶん戻ってこれた気がします、うん!」
「……鈴?」
「何それ? とある筋って?」
「今はそこは置いといてください。で、そこでこう……壁の向こう側を想像しろと言われたんですよ。向こう側に誰かがいると信じろって。それで、考えたらお母さんや治朗くんや太郎さんが浮かんで……おかげで、帰ってこられました」
「『向こう側に』……『誰かがいる』?」
急に太郎の眉がぴくりと動いた。それほど奇抜な言葉だったのだろうか。
「それを言ったのは、誰?」
今度は藍が驚く番だった。太郎の目がいつになく真剣で、鋭利な刃物のようだった。
「誰かはわからないです。夢のお告げっていうか」
「夢……夢ねぇ」
ぶつぶつ呟いていたかと思うと、太郎の口角が急に上がった。瞳はぎろりと鋭いままだったので不気味ではあったが、一応笑った顔で太郎は言う。
「じゃあ、その夢のお告げの人にこそ、お礼を言わないとね」
「そ、そうですね……」
この不気味な顔を見ていると、お告げのついでに太郎から気を吸い取られているのと同様のことをされたとは、言えなくなった。心に秘めておいた方が良いこともあると、藍は始めて思ったのだった。
太郎の方は珍しくもそんな藍の心情を察知することもなく、不気味にニコニコしたまま、また顔を近づけていた。
「な、なんですか?」
「一つ、聞きたいことがあるんだけど……さっき向こう側に誰かがいると信じて、母君や治朗や僕が思い浮かんだって言ったよね」
「い、言いましたね」
「誰のことを一番強く思ったときに、結界から出られたか、覚えてる?」
「……”誰のこと”?」
藍が母たちのことを思い浮かべたと言ったのは、思い返せば最初に結界にヒビを入れたときだ。あの時ならば、確か最後に思い浮かべたのは太郎だった。だが、破るまではいかなかった。
結果、遮那王に連れられた先で戻ることができたわけだが、その時に思い浮かべていた、結界の向こう側にいる人物といえば、誰だったか。藍は、うんうん唸って思い出そうとした。
(確か遮那王にお別れを言って、ちょっと笑ってくれたから良かったと思ったんだったような……)
そう思い返し、はたと気付いた。
「そうだ、僧正坊さんだ!」
「へ?」
「僧正坊さんから聞いていた源平に関する知識があったから、最後にあの遮那王をほんの少しでも笑顔にすることができたんです。だから、お礼を言おうと思ったんでした! そういえば言い忘れちゃったな……」
喉元にひっかかった小骨が取れたときのように、藍はすっきりした気分だった。だが、目の前にいる太郎は、どうもそうではないようだ。
さきほどの不気味な笑みは消え、眉がハの時に下がり、先ほど以上に目が潤んでいた。これは……泣き出す直前だ。
まずい、と思ったときには、もう手遅れだった。
「なんで!? なんでよりによって僧正坊なの!? あいつのせいでこんなことになったのに、何で!? 思い出すなら僕でしょ! ずーっと藍のこと考えてるのに! 酷いよ!!」
こうなったときの太郎は、それはもう面倒なことこの上ないのだった。そんなことを言える立場でもないのだが、そう思ってしまう。
「あーで、でも太郎さんの……鈴! そう、鈴の音が聞こえました! だからたぶん戻ってこれた気がします、うん!」
「……鈴?」
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