となりの天狗様

真鳥カノ

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四章 鞍馬山の大天狗

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「では藍さん、かの有名な源平合戦の勝者は、源氏か平氏か、どちらか?」
「げ、源氏ですよね」
「その通り。源氏が台頭する前に平氏が朝廷において実験を握るわけだが、その立役者となった平家の統領の名は?」
「た、たいらの……清盛……?」
「そう。では彼を打ち倒したのは?」
「源頼朝……ですよね」
「よろしい。ではその源平合戦について流れを見直していこうか。平治元年に平治の乱が起こり源頼朝は伊豆に流され、仁安二年平清盛が太政大臣になる。治承四年には源平争乱が巻き起こり、元暦二年には壇ノ浦の戦いにより平家勢は滅亡、これで源氏の世が来ると思われたがその前に戦の立役者であるはずの源義経を兄である源頼朝が追討するという悲劇が
……!」
「ち、ちょっと待ってください!」
 だんだん熱の入っていく”演説”が、ピタリと止んだ。途中で止められて不服そうな顔をした僧正坊は、顔だけくるりと藍に向けた。
「何だい? 今が源平合戦の佳境じゃないか」
「教えてくださるのはありがたいんですが……すみませんが、和暦だとわかりづらくて……」
 僧正坊の眉が、さらにぴくりと跳ね上がった。
「西暦はかなり後になってからこじつけた年号じゃないか。われわれ日本人は、はるか昔から元号を作って暦と歴史を管理してきたのだよ」
「そうなんですが……すみません。西暦に慣れてしまった現代っ子で……あと……教えて頂いたのに、すごくすごく言いづらいんですが……」
「何だい? これでも長く生きてきたんだ。多少のことでは驚かないよ」
「源平合戦のところ……試験に出ないんです」
 僧正坊の動きが、今度こそ止まった。有名な歌劇のような芝居がかった大きな仕草をそろりと下して、こほんと小さく咳ばらいをする。
「まぁ、いずれは勉強することになるさ」
 そうにこやかに言いながら、教科書のページを戻していった。
 その行動が、何とも気まずくて、藍はそういえば、と話題を逸らした。
「その義経さんて、絵本でよく描かれてる牛若丸ですよね。確か鞍馬寺で修行したっていう……?」
「ああ、そうだよ。幼い頃に鞍馬寺に預けられたんだ。その頃には『遮那王』と名乗っていたな。僧になることを拒んで寺を出て、奥州に行ってしまったがね」
「てことは、もしかして実物の牛若丸に会ったことがあるんですか?」
「あるとも」
「どんな子だったんですか?」
 僧正坊は、にこやかな顔のまま、首をひねって考えていた。
「そうだね……不憫な子だった」
「不憫ですか?」
 僧正坊は、静かに頷いていた。
「考えてもみたまえ。生れた頃から敗将の子として育ち、年端も行かぬうちから母御と引き離された挙句に、良い扱いも受けていたとは言えないんだ。まぁ、武家の子としては珍しくはないがね」
「じゃあ、寂しそうだったんですか?」
「そう口にしたことはない。だが思っていなかったわけではないだろうな。その上、彼は君や太郎と同じだった。さぞ生きづらかっただろう」
 顔を上げた僧正坊は、その瞳に哀れみを湛えていた。まるで目の前に、今話している義経がいるかのような目だ。
「だが、遮那王には鞍馬の天狗が付いた。太郎には姫がいた。君には……太郎がいる。何も心配はない」
 僧正坊の声も仕草も、心から相手を案じているかのような優しいものだった。
 だが、藍はその言葉の端々から捨て置けない言葉を拾っていた。今まで聞いたことがなかった、そして見過ごしてはいけないような言葉を。
「ちょっと待ってください。太郎さんと、その遮那王や私が同じって、どういうことですか?」
 訊ねた途端、僧正坊の顔が優しい面持ちから怪訝なものに変わった。
「聞いていないのかい?」
 藍が頷くと、僧正坊はしばし考えた。そしてほんの少し、見落としてしまいそうなほど微かに、口の端を持ち上げた。
「君は、聞きたいと思うかい?」
 今度は、藍の方がわずかに考えた。だが、見過ごしてはいけないと感じた自分の直感を、信じることにした。
「はい。聞かせてください」
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