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参章 飯綱山の狐使い
十四
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「飯綱三郎……さん?」
「……あれ? 知らないのか?」
藍は、かなり遠慮がちに頷いた。天狗に個別の名前があることすら、つい最近まで知らなかったのだ。
目の雨の男性……三郎は、もっと恐れおののく姿を想像していたらしい。ちょっとがっかりした様子で、ベンチにすとんと座り込んでしまった。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。地元じゃねえし、最近は信仰ってもの自体がちょっと薄れてきてるからな。そんなもんさ、ははは……」
乾いた笑いが、空しく響く。琥珀たちと同様、どう接して良いかわからなくなる。
「え、えーと……どうして太郎さんと治朗くんに頼まれたんですか? お知り合いなんですか?」
「そりゃあ知ってるさ。長い付き合いだからな。今日だって、久々に顔見に行ったらいきなり頼まれちまってなぁ」
「頼まれた……私のことを探してほしいってことですか?」
「そう。あの二人、そりゃあ慌ててたぜ。なんでも朝からお前さんの気が徐々に小さくなっていて、ついに見えなくなったとか何とか……死んじまったんじゃないかって相当びくびくしてたぞ」
三郎はケタケタ笑いながら言った。二人の様子を思い浮かべているらしい。そんなに慌てふためいていたのか、そしてそれを笑うほど、この三郎は仲が良いのか。
藍には、状況がまだよく飲み込めなかった。だが三郎は、それを少し違う解釈で捉えたようだった。
「言っとくが、あの二人の反応は決して大袈裟なんかじゃないぜ。聞いてると思うが、お前さんの気はとてつもなく大きい。これだけ大きな気の塊として普段から接してるから、一日で消えちまったら、そりゃあ何かあるって思うもんだ。早く帰って安心させてやんな」
「は、はい……」
藍はまだ、わずかに不安を覚えていた。今日のこの状況について、何も明らかになっていない。それもまた、不安であった。
何より、お世話になってそのまま帰してしまうことが、藍にとっては気が引けたのだった。
「あの……探して貰ってありがとうございます。琥珀ちゃんたちを探して、家に来ませんか? お礼しないと……」
「ああ、気にしないでいいぜ。もう用は済んだからな」
三郎は笑って手を振って、そう言った。
「用は済んだって……まだお礼できてないし、琥珀ちゃんたちも……」
「いいよ。太郎が慌ててる顔が見られたし、あいつに貸しも作れたし、管狐たちのいい修行にもなったしな」
「……管狐?」
「なんだ、わかってなかったのか。琥珀も珊瑚も翡翠も、俺が飼ってる管狐だ。管狐ってのは、俺たちの使う飯綱法の一つにある術の一つだ。こういう筒で飼われて使役されるんだ」
三郎は、腰から下げていた銀の筒を見せた。ベルトから三本下がっており、三郎が動くたびに鳴子のように交わって音が鳴っている。
「人間じゃないとは思いましたけど、管狐っていうんですね」
「そう。俺の命に従って、色々なことをする。人捜しとか、な」
三郎がそう言って指さしたのは、藍だった。先ほどの琥珀たちの言っていたことにようやく納得がいった。
「でも太郎さんたちに依頼されたんですよね? じゃあ何かしらお礼をするってことなんじゃ?」
三郎は静かに首を横に振った。気にするな、と言いたげな表情だが、どこか違う空気も纏っていた。
「言ったろ。貸し一つにしとくって。俺としてはけっこう得るものがあったから、もう十分なんだよ。一つがっかりしたことはあったが……まぁいいさ」
「がっかりしたこと? 何ですか?」
藍が尋ねると、三郎の視線はまっすぐに藍に向いた。藍には、何を言われるのか、うっすらと予想がついた。
そして予想通りの表情で、三郎は語った。
「そりゃあ……太郎の嫁になるって娘が現れたからどんなもんかと見に来たら、あんまりにも不出来で情けないんだもんよ。そりゃあ、がっかりもするだろう」
「……あれ? 知らないのか?」
藍は、かなり遠慮がちに頷いた。天狗に個別の名前があることすら、つい最近まで知らなかったのだ。
目の雨の男性……三郎は、もっと恐れおののく姿を想像していたらしい。ちょっとがっかりした様子で、ベンチにすとんと座り込んでしまった。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。地元じゃねえし、最近は信仰ってもの自体がちょっと薄れてきてるからな。そんなもんさ、ははは……」
乾いた笑いが、空しく響く。琥珀たちと同様、どう接して良いかわからなくなる。
「え、えーと……どうして太郎さんと治朗くんに頼まれたんですか? お知り合いなんですか?」
「そりゃあ知ってるさ。長い付き合いだからな。今日だって、久々に顔見に行ったらいきなり頼まれちまってなぁ」
「頼まれた……私のことを探してほしいってことですか?」
「そう。あの二人、そりゃあ慌ててたぜ。なんでも朝からお前さんの気が徐々に小さくなっていて、ついに見えなくなったとか何とか……死んじまったんじゃないかって相当びくびくしてたぞ」
三郎はケタケタ笑いながら言った。二人の様子を思い浮かべているらしい。そんなに慌てふためいていたのか、そしてそれを笑うほど、この三郎は仲が良いのか。
藍には、状況がまだよく飲み込めなかった。だが三郎は、それを少し違う解釈で捉えたようだった。
「言っとくが、あの二人の反応は決して大袈裟なんかじゃないぜ。聞いてると思うが、お前さんの気はとてつもなく大きい。これだけ大きな気の塊として普段から接してるから、一日で消えちまったら、そりゃあ何かあるって思うもんだ。早く帰って安心させてやんな」
「は、はい……」
藍はまだ、わずかに不安を覚えていた。今日のこの状況について、何も明らかになっていない。それもまた、不安であった。
何より、お世話になってそのまま帰してしまうことが、藍にとっては気が引けたのだった。
「あの……探して貰ってありがとうございます。琥珀ちゃんたちを探して、家に来ませんか? お礼しないと……」
「ああ、気にしないでいいぜ。もう用は済んだからな」
三郎は笑って手を振って、そう言った。
「用は済んだって……まだお礼できてないし、琥珀ちゃんたちも……」
「いいよ。太郎が慌ててる顔が見られたし、あいつに貸しも作れたし、管狐たちのいい修行にもなったしな」
「……管狐?」
「なんだ、わかってなかったのか。琥珀も珊瑚も翡翠も、俺が飼ってる管狐だ。管狐ってのは、俺たちの使う飯綱法の一つにある術の一つだ。こういう筒で飼われて使役されるんだ」
三郎は、腰から下げていた銀の筒を見せた。ベルトから三本下がっており、三郎が動くたびに鳴子のように交わって音が鳴っている。
「人間じゃないとは思いましたけど、管狐っていうんですね」
「そう。俺の命に従って、色々なことをする。人捜しとか、な」
三郎がそう言って指さしたのは、藍だった。先ほどの琥珀たちの言っていたことにようやく納得がいった。
「でも太郎さんたちに依頼されたんですよね? じゃあ何かしらお礼をするってことなんじゃ?」
三郎は静かに首を横に振った。気にするな、と言いたげな表情だが、どこか違う空気も纏っていた。
「言ったろ。貸し一つにしとくって。俺としてはけっこう得るものがあったから、もう十分なんだよ。一つがっかりしたことはあったが……まぁいいさ」
「がっかりしたこと? 何ですか?」
藍が尋ねると、三郎の視線はまっすぐに藍に向いた。藍には、何を言われるのか、うっすらと予想がついた。
そして予想通りの表情で、三郎は語った。
「そりゃあ……太郎の嫁になるって娘が現れたからどんなもんかと見に来たら、あんまりにも不出来で情けないんだもんよ。そりゃあ、がっかりもするだろう」
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