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弐章 比良山の若天狗
八
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「猪?」
家に帰るなり、太郎がそんな怪訝な顔を向けてきた。
「左様です。この女、猪が猫を庇ってカッコ良かったなどと訳の分からないことを言うのです。どう思われますか?」
「だって事実なんです。いつの間にかいなくなっちゃってたけど」
危険だからとしぶしぶ迎えに来たらしい治朗に、藍は顛末を離した。だが、何度言っても信じてくれないのだ。助けられた猫は無傷だった上にどこかへ行ってしまったし、肝心の猪は姿を消した。おまけにこの近隣に猪が現れたなど、今まで聞いたことがない。信じてもらえそうな要素がないのだった。
「はぁ……それは確かに格好いいね。ところで藍、それでいくと先日僕も君を庇ったり助けたりしたわけだけど、それについてはどう思う?」
「……はいはい。カッコ良かったです」
「貴様、何だその投げやりな返答は!」
食って掛かろうとする治朗を、太郎が手だけで制した。顔は、完全に気を良くした表情をしている。うわべだけでも褒められて嬉しいらしい。
だが太郎はそれ以降、何も言わずに何か考え込んでいた。その顔色が、またどこか血の気がひいているように見えた。先程、保健室で手を握った直後は確かに元気そうだった。こうも短時間で疲弊するものだろうか。
藍のそんな考えが読まれてしまったのか、ふいに太郎が顔を上げた。
「藍、鈴はちゃんと持ってるよね?」
「持ってますけど……」
そう言って、藍は鞄につけた鈴の飾りを指した。鈴は、相変わらず揺らしても音を発しない。
「何かあったら必ず藍を守るから、絶対に、常に持っていてね」
「……はい」
借りを作ってしまうのは気が引けたのだが、思い返せば、この鈴の音が聞こえた時は危機に瀕していた時であったし、その時は太郎が駆けつけてくれた。(弁当持参のために現れたことは考えないことにした)
持っていた方が、ためになるのだろう。そう思うことにした。
「でも、そうか……猪ね」
「兄者? どうかされたので?」
再び俯き加減になりそうだった太郎を、治朗が呼び戻した。太郎は何事か考えて、改めて治朗の顔を真正面から捉えた。
「治朗」
「は、はい!」
真っすぐに見つめられて、治朗は畏まっていた。びしっと姿勢を正し、次の言葉を目を輝かせて待つ。次の瞬間までは、そうしていた。
「治朗、これからしばらく、藍の護衛をしてくれないかな」
「は!? 嫌ですよ」
一秒と経たずに藍の声が響いた。
治朗はというと、『嫌だ』とは言わなかった。その代わり、可能な限り頬を引きつらせて、顔半分は太郎に向けて苦笑いを、もう半分は藍のことを仇のように睨みつけていた。
家に帰るなり、太郎がそんな怪訝な顔を向けてきた。
「左様です。この女、猪が猫を庇ってカッコ良かったなどと訳の分からないことを言うのです。どう思われますか?」
「だって事実なんです。いつの間にかいなくなっちゃってたけど」
危険だからとしぶしぶ迎えに来たらしい治朗に、藍は顛末を離した。だが、何度言っても信じてくれないのだ。助けられた猫は無傷だった上にどこかへ行ってしまったし、肝心の猪は姿を消した。おまけにこの近隣に猪が現れたなど、今まで聞いたことがない。信じてもらえそうな要素がないのだった。
「はぁ……それは確かに格好いいね。ところで藍、それでいくと先日僕も君を庇ったり助けたりしたわけだけど、それについてはどう思う?」
「……はいはい。カッコ良かったです」
「貴様、何だその投げやりな返答は!」
食って掛かろうとする治朗を、太郎が手だけで制した。顔は、完全に気を良くした表情をしている。うわべだけでも褒められて嬉しいらしい。
だが太郎はそれ以降、何も言わずに何か考え込んでいた。その顔色が、またどこか血の気がひいているように見えた。先程、保健室で手を握った直後は確かに元気そうだった。こうも短時間で疲弊するものだろうか。
藍のそんな考えが読まれてしまったのか、ふいに太郎が顔を上げた。
「藍、鈴はちゃんと持ってるよね?」
「持ってますけど……」
そう言って、藍は鞄につけた鈴の飾りを指した。鈴は、相変わらず揺らしても音を発しない。
「何かあったら必ず藍を守るから、絶対に、常に持っていてね」
「……はい」
借りを作ってしまうのは気が引けたのだが、思い返せば、この鈴の音が聞こえた時は危機に瀕していた時であったし、その時は太郎が駆けつけてくれた。(弁当持参のために現れたことは考えないことにした)
持っていた方が、ためになるのだろう。そう思うことにした。
「でも、そうか……猪ね」
「兄者? どうかされたので?」
再び俯き加減になりそうだった太郎を、治朗が呼び戻した。太郎は何事か考えて、改めて治朗の顔を真正面から捉えた。
「治朗」
「は、はい!」
真っすぐに見つめられて、治朗は畏まっていた。びしっと姿勢を正し、次の言葉を目を輝かせて待つ。次の瞬間までは、そうしていた。
「治朗、これからしばらく、藍の護衛をしてくれないかな」
「は!? 嫌ですよ」
一秒と経たずに藍の声が響いた。
治朗はというと、『嫌だ』とは言わなかった。その代わり、可能な限り頬を引きつらせて、顔半分は太郎に向けて苦笑いを、もう半分は藍のことを仇のように睨みつけていた。
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