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其の陸 迷宮の出口
十四
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「お互いに? 悪いと思ってることを……?」
まだよくわかっていないらしい絵美瑠に対し、初名は笑って、そしてきれいなお辞儀をして見せた。
「あの時怪我をさせて、逃げて、そして……絵美瑠ちゃんのことを覚えていなくて……本当に、ごめんなさい」
初名の真摯な姿勢に、ようやく絵美瑠も理解したようだった。絵美瑠もまた、姿勢を正して、頭を下げた。
「小学生の時……大事な試合の前に怪我させて、去年なんかは試合中に竹刀折ってしもて、しかも話きかんと勝手に持っていこうとして……あと怖がらせてしもて、本当にごめんなさいでした!」
お互いに深々と頭を下げ、そして告げた。
「許します」
「う、うちも許します!」
お互いにそう言うと、揃ってゆっくりと顔を上げた。すると、目が合った。目の前には、相手がそう思っているのか、顔色を窺うような少しおどおどした顔がある。お互いに、そんな顔を目にしていた。
「……ぷっ」
「ふふ」
笑い出したのも、二人同時だった。
「なんか変……さっきより多いで、初名ちゃん」
「絵美瑠ちゃんも、なんか増えてない?」
「そんなことないわ」
店の中に、二人分の笑い声が響いた。鈴が転がったような軽やかな声だ。常に夕暮れのようなこの横丁に、明るい声が生まれていた。
だが当の本人たちは、そんなことなどまるで気付いていない。ただ、絵美瑠が目をキラキラ輝かせているだけだった。
「なあ、許すついでに、お互いお願い事一個きくってことにせぇへん?」
「お願い事? 何?」
自分で言い出したくせに、絵美瑠は急にもじもじしだした。こういう時の姿は、小学生の時の様子を彷彿とさせる。
だが意を決したらしい絵美瑠は、立ち上がって仁王立ちで言い放った。
「うちと、試合して!」
「え、ええぇ……? 私、あの時以来剣道やってないよ? すごく体鈍ってるんだけど」
「ほな、戻るまで一緒に稽古して! 大丈夫、うち今三年生やから融通きくし」
「それは……一種の職権乱用では……?」
「ええの!」
絵美瑠のその一言で、どうも決定してしまったらしい。謝るだけのつもりが、いつの間にか絵美瑠以外の剣道部員にまで迷惑がかかる事態になってはいまいか。
(いざこざを解決するって……難しい)
「それで初名ちゃんは?」
そう言われて、はたと気付いた。絵美瑠が自分を呼ぶ名が、いつの間にか昔のように『初名ちゃん』になっていたことに。
あの頃の、仲間に戻ったような気がした。
「……そう、だね……」
仲間ができたからだろうか。急に、初名の頭にある案が浮かんだ。初名一人では決して出来ないであろうこと。そして同時に、初名にしか出来ないことが。
「一つ、協力してほしいことがあるの」
「なになに?」
爛々とした目を近づける絵美瑠に笑いかけると同時に、初名は背後……店の戸口付近にも声をかけた。
「できればお二人にも手伝ってほしいんですけど、いいですか?」
声をかけられた”二人”は、決まり悪そうに、そろりと店に入ってきた。
「あー! やじさんにタツさんや! うそ、今の話聞いてたん!? うわ、立ち聞きなんてサイテーやん!」
「すまんすまん。ちゃんと仲直りできとるか気になってな」
言葉ほど悪びれていない弥次郎の様子に、初名も、そして絵美瑠もピンときた。
「もしかして……掃除しろ言うたんて、二人きりにするため? うわ、何なん! あくどいわ!」
「ええやないか。丸く収まったんやから。これでも心配しとったんやで」
「タツさん絶対心配してへんわ! 面白がってたんやろ」
「ようわかったな」
「やっぱり! むかつく~!」
「あの……それぐらいで……」
初名よりも長い付き合いだからか、幼い頃からの付き合いだからか、話は終わりそうに無かった。
初名が一声掛けたことによって、三人の視線は再び初名に集まった。そして、弥次郎がニヤリと口角を上げて、尋ねたのだった。
「それで? 何を手伝えばええんや?」
「それは……」
他に聞いている者もいないというのに、四人は何故か寄り集まって、こそこそと計画を語っていた。
まだよくわかっていないらしい絵美瑠に対し、初名は笑って、そしてきれいなお辞儀をして見せた。
「あの時怪我をさせて、逃げて、そして……絵美瑠ちゃんのことを覚えていなくて……本当に、ごめんなさい」
初名の真摯な姿勢に、ようやく絵美瑠も理解したようだった。絵美瑠もまた、姿勢を正して、頭を下げた。
「小学生の時……大事な試合の前に怪我させて、去年なんかは試合中に竹刀折ってしもて、しかも話きかんと勝手に持っていこうとして……あと怖がらせてしもて、本当にごめんなさいでした!」
お互いに深々と頭を下げ、そして告げた。
「許します」
「う、うちも許します!」
お互いにそう言うと、揃ってゆっくりと顔を上げた。すると、目が合った。目の前には、相手がそう思っているのか、顔色を窺うような少しおどおどした顔がある。お互いに、そんな顔を目にしていた。
「……ぷっ」
「ふふ」
笑い出したのも、二人同時だった。
「なんか変……さっきより多いで、初名ちゃん」
「絵美瑠ちゃんも、なんか増えてない?」
「そんなことないわ」
店の中に、二人分の笑い声が響いた。鈴が転がったような軽やかな声だ。常に夕暮れのようなこの横丁に、明るい声が生まれていた。
だが当の本人たちは、そんなことなどまるで気付いていない。ただ、絵美瑠が目をキラキラ輝かせているだけだった。
「なあ、許すついでに、お互いお願い事一個きくってことにせぇへん?」
「お願い事? 何?」
自分で言い出したくせに、絵美瑠は急にもじもじしだした。こういう時の姿は、小学生の時の様子を彷彿とさせる。
だが意を決したらしい絵美瑠は、立ち上がって仁王立ちで言い放った。
「うちと、試合して!」
「え、ええぇ……? 私、あの時以来剣道やってないよ? すごく体鈍ってるんだけど」
「ほな、戻るまで一緒に稽古して! 大丈夫、うち今三年生やから融通きくし」
「それは……一種の職権乱用では……?」
「ええの!」
絵美瑠のその一言で、どうも決定してしまったらしい。謝るだけのつもりが、いつの間にか絵美瑠以外の剣道部員にまで迷惑がかかる事態になってはいまいか。
(いざこざを解決するって……難しい)
「それで初名ちゃんは?」
そう言われて、はたと気付いた。絵美瑠が自分を呼ぶ名が、いつの間にか昔のように『初名ちゃん』になっていたことに。
あの頃の、仲間に戻ったような気がした。
「……そう、だね……」
仲間ができたからだろうか。急に、初名の頭にある案が浮かんだ。初名一人では決して出来ないであろうこと。そして同時に、初名にしか出来ないことが。
「一つ、協力してほしいことがあるの」
「なになに?」
爛々とした目を近づける絵美瑠に笑いかけると同時に、初名は背後……店の戸口付近にも声をかけた。
「できればお二人にも手伝ってほしいんですけど、いいですか?」
声をかけられた”二人”は、決まり悪そうに、そろりと店に入ってきた。
「あー! やじさんにタツさんや! うそ、今の話聞いてたん!? うわ、立ち聞きなんてサイテーやん!」
「すまんすまん。ちゃんと仲直りできとるか気になってな」
言葉ほど悪びれていない弥次郎の様子に、初名も、そして絵美瑠もピンときた。
「もしかして……掃除しろ言うたんて、二人きりにするため? うわ、何なん! あくどいわ!」
「ええやないか。丸く収まったんやから。これでも心配しとったんやで」
「タツさん絶対心配してへんわ! 面白がってたんやろ」
「ようわかったな」
「やっぱり! むかつく~!」
「あの……それぐらいで……」
初名よりも長い付き合いだからか、幼い頃からの付き合いだからか、話は終わりそうに無かった。
初名が一声掛けたことによって、三人の視線は再び初名に集まった。そして、弥次郎がニヤリと口角を上げて、尋ねたのだった。
「それで? 何を手伝えばええんや?」
「それは……」
他に聞いている者もいないというのに、四人は何故か寄り集まって、こそこそと計画を語っていた。
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