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十四

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「あと一人……あと一人やったんや」
「は?」
 善丸の声が、急に沈んだように重くなった。
「いやな、わてら鬼にも色々いますんや。人と仲良う暮らす者もおれば、関わりを絶つ者、それに……ええ顔して人に近づいて、パクリと喰らう者」
 善丸が、ペロリと舌を出す。
 スズは竦みそうになる身体をなんとか踏みとどまらせた。
「まぁお察しの通り、わては最後のパクッと頂く者ですわ。そういう鬼にはだいたいしきたりがありましてな。人を……それもあやかしを見られる者を、10人喰う。それでようやく一人前になれるんですわ。なかなか厳しいですやろ」
「それが……あと一人?」
「そう。そうなんですわ」
 善丸の声は踊るようだった。昼間に会ったときとはまるで違う、喜色満面といった様子だ。
「あの時……えらい強い力を持った人間を見かけましてな。幽世であんなんに会うことはそうそうないから喰うたろと思たんでっけど、逃げられましてな。追いかけたら、なんや別のの人間を見つけたんや。さっきのよりは弱いけんど、ぼんやりとでもあやかしを見る力はあるようやったし、まぁコレでええかて思て……そやけど、どういうわけかそいつも見えんようになった。ええ加減腹が立ちましてな。腹いせにそいつの周りにおった人間をみんな喰うたったんですわ。何の力も持ってへんから、何の自慢にもなりまへんでしたけどな」
 それは、スズの知る話と酷似していた。だがそこにこもる感情は、スズが抱いているものとは真逆だった。
 善丸は、今度は少し顔をしかめている。
「そやけど、さすがにあれはやり過ぎやった……この辺一帯を取り仕切っとる狸のジジイに見つかってしもて、悪さできんようにさせられたんですわ。角を折られ、『善丸』やなんて馬鹿馬鹿しい名をつけられ、人を傷つける存在やないように変えられて……ああ忌々しい……!」
 善丸の声は、苛立ちを孕んだかと思ったら、すぐに穏やかに戻った。潮の満ち引きのごとく大きく。そして潮よりずっと早く荒く。
「そやけど、それやったら確かに、うちに何もできませんなぁ。『善丸』さんは、人に悪さできへんのやさかい」
 スズがそう言うと、何故だか善丸はくつくつと笑った。
「そうや、わてはあんさんに何も悪いことはせん。あんさんの頼みを聞いてやるだけや」
「頼みなんて何もありません」
「いいや、あんさんはきっとわてにこう頼むはずや。『お父ちゃんらと同じように喰うてほしい』てな」
 何を言っているのか、理解できない。スズが一歩下がると、善丸が一歩近づいてくる。
「わてはただ、善意を以てあんさんに話を聞かせてあげるだけだす」
「……話?」
「そうだす。この店の者の最期の様子を、事細かに、唯一の生き残りであるあんさんに、お伝えするんだす。どんな顔やったか、どんな風に逃げ惑ったか、どんな声を出したか、最期はなんて言うたか……一人一人ちゃんと教えてあげますさかい、よう聞いとくれやす。あんさんが『もう死にたい。お父ちゃんらと同じところに行かせて』て言うまで、何回でも話してあげますさかいな……!」
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