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恋人編ー3年生前期
璃央と大晴の話②
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鋭いな。
「あー……分かる?」
「学校で話せないことでもあんのか?」
ちょうど洗い物が終わった。お茶とコップを用意して璃央の隣に座る。近くに来てくれたサクラを腕に抱いた。
「あのさ、笑わないで聞いてほしいんだけど」
「おう」
璃央は眉をひそめて真剣な表情になる。
「俺……実は、猫と可愛いものが好きなんだ。男なのにって思うかもだけど、サクラとモモのことが大好きで、こいつらに似てるグッズ探すし、可愛いものは妹の影響で、小っちゃい小物とか集めるの好きだし……」
璃央の様子をちらっと伺うと、大きな目を開いてジッとこっちを見つめていた。そして形のいい唇を開く。
「へえ」
「え、反応そんだけ?」
「なんか反応が欲しくて言ったのか?」
「いや……」
そうだ。俺は反応が欲しかったんじゃない。これが好きなんだって知っておいてもらいたかった。自分の気持ちに正直でありたかった。笑ったり馬鹿にするんじゃなくて、ただ受け止めて欲しかった。
「璃央ならバカにしないと思って、隠さず言いたかった」
「お前は見る目があるな」
璃央は自分に親指を向けて、自信ありげに笑った。
「オレは、他人の好きなものをバカにしないことにしてんだ。自分がされて嫌なことはしない、幼稚園児でも分かる当たり前のことだろ」
「ということは、璃央は好きなものに対して何か言われたことあるんだ?」
「……まあな。あん時は言い返すのもできなくて悔しかった。でもそのあと、好きなもの好きって言える方がすごいって言ってくれたやつがいた。だからオレは好きなものに自信を持つことにした」
やっぱ……かっけぇな。
「俺も、そうなりたい」
「確かにアイツらに言ったらバカにしてくるだろうな。言わないほうが……えーと」
「得策?」
「そう、それ。ちゃんと聞いてくれるやつにだけ言えばいいんだよ。これも受け売りだけど」
璃央はモモを撫でながら、ニッと笑う。飾り立てない、本心のまっすぐな言葉に、モヤついてたのがスッキリと消えていく。璃央に話してよかった。
「璃央は? 璃央の好きなものの話も聞きたい」
「昔バカにされたのは星。夜空見るのとか、星のこと調べるのも好き」
「いいじゃん、星。そんな詳しいわけじゃないけど、理科で習ったの見つけたら楽しいし。バカにする方が意味わかんねえな」
「ははっ、だよな。他にはー、食べ物だと肉だし、サッカー部楽しいし、スポーツ中継見んのも好きだし」
どんどん手の指が曲げられていく。璃央の世界は好きなものでいっぱいなんだ。いいな、そういうの。
「あとは……かず……」
いきなり璃央の言葉と動きが止まった。
「かず?」
「終わり」
「なんか言いかけたよな?」
「終わりっつっただろ!」
シャーッ!と、嫌なところを触られた猫みたいな態度に変わり、顔を背けられてしまった。でも何故か璃央の横顔はだんだん赤くなっていく。
かず……数? かずのこ? 気になるけど、これ以上話してはくれなさそう。
抱っこしたサクラの前足を、璃央の膨れた頰に押し当ててみる。璃央は振り向いて目をパチパチと瞬かせた。さっきまで大人びてたのに年相応の表情になった。
「肉球ってマジで柔らけえんだ……」
「可愛いだろ?」
「悪くねえな」
璃央と友達になれてよかった。悩みを打ち明けた今日、これから璃央とは長い付き合いになりそうだと、そんな予感がした。
少し日が経ち、席替えがあった。
璃央は後ろから2番目の窓側になった。俺は璃央のすぐ後ろの席。前まで璃央は真ん中あたりの席で、その視線は窓の方を向いていた。ここなら空がよく見れるしよかったな、とか思ってたんだけど……
授業が始まり、頬杖をついた璃央の視線は5月の陽気に澄み渡る空じゃなく、黒板でもなく、廊下側へ注がれていた。なんでそっち? 前とは逆方向だ。本当に何か見えないものが見えてるんじゃないのかと視線の先を辿ると……そこにいたのは木山だった。
じっと見つめる行動、あの啖呵の言葉……
推理小説みたいに、散らばったヒントがぴったり重なった。
好きなものの話をしていた時、璃央が最後に言いかけてやめた『かず』は『和真』だ。璃央は木山のことが好きなんだ。男同士だっていう違和感は生まれなかった。俺だって、自分の趣味は男らしくないって思ってたけど、璃央のおかげで好きなことに自信を持てた。だから璃央が好きな人は応援してやりたい。
璃央の恋心を知ってからだと、璃央の行動は分かりやすいものだった。
帰り道は木山と帰りたがるし、部活が早く終わっても偶然を装ったフリして一緒に帰ってるし、気がつけば木山のことを見てるし、移動教室で席が近くなったら聞き耳立ててるし、授業のグループで一緒になったら嬉しさが滲み出てるし、女子とかが話そうもんなら睨みつけてるし……
「大晴、さっき和真となんか話してたろ。何話した、いじめたりしてねぇだろーな?」
最近は喋った内容まで聞いてくる。もう璃央の恋心に気づかない方がおかしいんじゃないかと思う。
「日直一緒だからどっちが何するか話してただけだって」
「ふーん、ならいいけど……」
「代わる?」
「えっ、いや……いい」
釣られそうになったことに気づいて、別に何も?釣られてませんが?を装ってる。これが思春期……見てるこっちが焦ったくなる……
月日が経つにつれ、周りも璃央の気持ちに気づく人が増えていく。でも璃央は絶対告白しようとしないから、みんな禁忌の話みたく触れないように黙って見守っていた。たまに気をきかせたりしてたけど。そんで木山も木山で、璃央のことは全く意識してないし……璃央には幸せになってもらいたい。好きなものを貫ける璃央だからこそ、恋を妥協で終わらせてほしくない。
外野はそう思っても、本人たちに進展はないまま中学も終わり、高校ももうすぐ終わる時、受験で璃央は木山と別の大学を受けた。何となく、もうここで終わらせようとしてるんだろうなって気づいて、俺の方が胸を詰まらせた。
木山と別の大学に行ってからも特に変わった様子はなく、普通の(ちょっとモテすぎだけど)大学生活を楽しんでいるように見える。でもどこか物足りなさそうで、寂しそうだ。本当にそれでよかったのか、璃央……俺が相談に乗れば何かが変わったのかな……
事が起こったのは大学2年から3年に上がる春休み。璃央は今までと比べても異常なほど付き合いが悪かった。何に誘っても断られた。何かあったのか、もしかして病んだ? あの璃央が……?
と、心配してたがそれは杞憂だった。
「大晴、オレ和真と付き合うことになった。これからは和真優先だから」
大学3年の初めの講義で包み隠さず、真っ直ぐに璃央はそう言った。驚いた。いったいどう転んだらあの平行線が交わるのだろうか、とか、だから付き合い悪かったのか、とかいろんなことが浮かんだけど、いちばんに口から出たのは……
「よかったじゃん。マジで丸わかりだったし。実ったんだな」
心からのおめでとうだ。
*
ゴールデンウィークが終わったあと、最初の講義で何となく休みモードが抜けない講義室。璃央が挨拶もなく隣に座り、どすんと頭突きしてきた。猫だな。
「どうした?」
「和真とメッセージしてんだろ、見せろや」
会話の内容まで気になるの、中学の時から変わってないな……やましい会話はしてないし、璃央にスマホを渡す。まだ少ない会話をするするとチェックしていく。
「オレの写真送って、オレの話しかしてねーじゃん」
「そりゃあな。今現在、俺と木山の共通点って璃央しかないし」
「ふーん」
少しニヤついてるのが隠せてない。木山の『璃央可愛い!』のメッセージが嬉しいんだろう。
「それに、怖がられてるから慣れてもらうところからだし。あんまテンポ上げすぎないようにしないとな」
沙羽ちゃんとのこととか相談するのにもうちょい距離を詰めときたいって意味で言ったんだけど、嫉妬心に重点がある璃央にそれが伝わるはずもなく……
「ゆっくり仲良くなって和真に取り入るつもりか!? あぁ!?」
「曲解すぎる……」
「いくら大晴だろうと、警戒しとくに越したことはねぇ。またメッセージ確認するからな、覚悟しとけよ」
ずっと一緒にいたのに、璃央がここまで嫉妬深いのは知らなかった。10年近く想い続けて、諦めかけた恋が実ったんだし、こうなってもおかしくはないか。若干めんどくさくはあるけど……前より随分生き生きしてて楽しそうだし、これからも応援してやろうと思う。
自分の"好き"に自信を持って真っ直ぐに貫けるのが、俺を救ってくれた璃央だから。
「あー……分かる?」
「学校で話せないことでもあんのか?」
ちょうど洗い物が終わった。お茶とコップを用意して璃央の隣に座る。近くに来てくれたサクラを腕に抱いた。
「あのさ、笑わないで聞いてほしいんだけど」
「おう」
璃央は眉をひそめて真剣な表情になる。
「俺……実は、猫と可愛いものが好きなんだ。男なのにって思うかもだけど、サクラとモモのことが大好きで、こいつらに似てるグッズ探すし、可愛いものは妹の影響で、小っちゃい小物とか集めるの好きだし……」
璃央の様子をちらっと伺うと、大きな目を開いてジッとこっちを見つめていた。そして形のいい唇を開く。
「へえ」
「え、反応そんだけ?」
「なんか反応が欲しくて言ったのか?」
「いや……」
そうだ。俺は反応が欲しかったんじゃない。これが好きなんだって知っておいてもらいたかった。自分の気持ちに正直でありたかった。笑ったり馬鹿にするんじゃなくて、ただ受け止めて欲しかった。
「璃央ならバカにしないと思って、隠さず言いたかった」
「お前は見る目があるな」
璃央は自分に親指を向けて、自信ありげに笑った。
「オレは、他人の好きなものをバカにしないことにしてんだ。自分がされて嫌なことはしない、幼稚園児でも分かる当たり前のことだろ」
「ということは、璃央は好きなものに対して何か言われたことあるんだ?」
「……まあな。あん時は言い返すのもできなくて悔しかった。でもそのあと、好きなもの好きって言える方がすごいって言ってくれたやつがいた。だからオレは好きなものに自信を持つことにした」
やっぱ……かっけぇな。
「俺も、そうなりたい」
「確かにアイツらに言ったらバカにしてくるだろうな。言わないほうが……えーと」
「得策?」
「そう、それ。ちゃんと聞いてくれるやつにだけ言えばいいんだよ。これも受け売りだけど」
璃央はモモを撫でながら、ニッと笑う。飾り立てない、本心のまっすぐな言葉に、モヤついてたのがスッキリと消えていく。璃央に話してよかった。
「璃央は? 璃央の好きなものの話も聞きたい」
「昔バカにされたのは星。夜空見るのとか、星のこと調べるのも好き」
「いいじゃん、星。そんな詳しいわけじゃないけど、理科で習ったの見つけたら楽しいし。バカにする方が意味わかんねえな」
「ははっ、だよな。他にはー、食べ物だと肉だし、サッカー部楽しいし、スポーツ中継見んのも好きだし」
どんどん手の指が曲げられていく。璃央の世界は好きなものでいっぱいなんだ。いいな、そういうの。
「あとは……かず……」
いきなり璃央の言葉と動きが止まった。
「かず?」
「終わり」
「なんか言いかけたよな?」
「終わりっつっただろ!」
シャーッ!と、嫌なところを触られた猫みたいな態度に変わり、顔を背けられてしまった。でも何故か璃央の横顔はだんだん赤くなっていく。
かず……数? かずのこ? 気になるけど、これ以上話してはくれなさそう。
抱っこしたサクラの前足を、璃央の膨れた頰に押し当ててみる。璃央は振り向いて目をパチパチと瞬かせた。さっきまで大人びてたのに年相応の表情になった。
「肉球ってマジで柔らけえんだ……」
「可愛いだろ?」
「悪くねえな」
璃央と友達になれてよかった。悩みを打ち明けた今日、これから璃央とは長い付き合いになりそうだと、そんな予感がした。
少し日が経ち、席替えがあった。
璃央は後ろから2番目の窓側になった。俺は璃央のすぐ後ろの席。前まで璃央は真ん中あたりの席で、その視線は窓の方を向いていた。ここなら空がよく見れるしよかったな、とか思ってたんだけど……
授業が始まり、頬杖をついた璃央の視線は5月の陽気に澄み渡る空じゃなく、黒板でもなく、廊下側へ注がれていた。なんでそっち? 前とは逆方向だ。本当に何か見えないものが見えてるんじゃないのかと視線の先を辿ると……そこにいたのは木山だった。
じっと見つめる行動、あの啖呵の言葉……
推理小説みたいに、散らばったヒントがぴったり重なった。
好きなものの話をしていた時、璃央が最後に言いかけてやめた『かず』は『和真』だ。璃央は木山のことが好きなんだ。男同士だっていう違和感は生まれなかった。俺だって、自分の趣味は男らしくないって思ってたけど、璃央のおかげで好きなことに自信を持てた。だから璃央が好きな人は応援してやりたい。
璃央の恋心を知ってからだと、璃央の行動は分かりやすいものだった。
帰り道は木山と帰りたがるし、部活が早く終わっても偶然を装ったフリして一緒に帰ってるし、気がつけば木山のことを見てるし、移動教室で席が近くなったら聞き耳立ててるし、授業のグループで一緒になったら嬉しさが滲み出てるし、女子とかが話そうもんなら睨みつけてるし……
「大晴、さっき和真となんか話してたろ。何話した、いじめたりしてねぇだろーな?」
最近は喋った内容まで聞いてくる。もう璃央の恋心に気づかない方がおかしいんじゃないかと思う。
「日直一緒だからどっちが何するか話してただけだって」
「ふーん、ならいいけど……」
「代わる?」
「えっ、いや……いい」
釣られそうになったことに気づいて、別に何も?釣られてませんが?を装ってる。これが思春期……見てるこっちが焦ったくなる……
月日が経つにつれ、周りも璃央の気持ちに気づく人が増えていく。でも璃央は絶対告白しようとしないから、みんな禁忌の話みたく触れないように黙って見守っていた。たまに気をきかせたりしてたけど。そんで木山も木山で、璃央のことは全く意識してないし……璃央には幸せになってもらいたい。好きなものを貫ける璃央だからこそ、恋を妥協で終わらせてほしくない。
外野はそう思っても、本人たちに進展はないまま中学も終わり、高校ももうすぐ終わる時、受験で璃央は木山と別の大学を受けた。何となく、もうここで終わらせようとしてるんだろうなって気づいて、俺の方が胸を詰まらせた。
木山と別の大学に行ってからも特に変わった様子はなく、普通の(ちょっとモテすぎだけど)大学生活を楽しんでいるように見える。でもどこか物足りなさそうで、寂しそうだ。本当にそれでよかったのか、璃央……俺が相談に乗れば何かが変わったのかな……
事が起こったのは大学2年から3年に上がる春休み。璃央は今までと比べても異常なほど付き合いが悪かった。何に誘っても断られた。何かあったのか、もしかして病んだ? あの璃央が……?
と、心配してたがそれは杞憂だった。
「大晴、オレ和真と付き合うことになった。これからは和真優先だから」
大学3年の初めの講義で包み隠さず、真っ直ぐに璃央はそう言った。驚いた。いったいどう転んだらあの平行線が交わるのだろうか、とか、だから付き合い悪かったのか、とかいろんなことが浮かんだけど、いちばんに口から出たのは……
「よかったじゃん。マジで丸わかりだったし。実ったんだな」
心からのおめでとうだ。
*
ゴールデンウィークが終わったあと、最初の講義で何となく休みモードが抜けない講義室。璃央が挨拶もなく隣に座り、どすんと頭突きしてきた。猫だな。
「どうした?」
「和真とメッセージしてんだろ、見せろや」
会話の内容まで気になるの、中学の時から変わってないな……やましい会話はしてないし、璃央にスマホを渡す。まだ少ない会話をするするとチェックしていく。
「オレの写真送って、オレの話しかしてねーじゃん」
「そりゃあな。今現在、俺と木山の共通点って璃央しかないし」
「ふーん」
少しニヤついてるのが隠せてない。木山の『璃央可愛い!』のメッセージが嬉しいんだろう。
「それに、怖がられてるから慣れてもらうところからだし。あんまテンポ上げすぎないようにしないとな」
沙羽ちゃんとのこととか相談するのにもうちょい距離を詰めときたいって意味で言ったんだけど、嫉妬心に重点がある璃央にそれが伝わるはずもなく……
「ゆっくり仲良くなって和真に取り入るつもりか!? あぁ!?」
「曲解すぎる……」
「いくら大晴だろうと、警戒しとくに越したことはねぇ。またメッセージ確認するからな、覚悟しとけよ」
ずっと一緒にいたのに、璃央がここまで嫉妬深いのは知らなかった。10年近く想い続けて、諦めかけた恋が実ったんだし、こうなってもおかしくはないか。若干めんどくさくはあるけど……前より随分生き生きしてて楽しそうだし、これからも応援してやろうと思う。
自分の"好き"に自信を持って真っ直ぐに貫けるのが、俺を救ってくれた璃央だから。
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