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主人公

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「すみません、取り乱しました……もっと語彙を身につけます」

 王子が注いだ紅茶からはまだ湯気が出ていた。よかった、まだ冷めてないみたいだ。ベリルが「外行くんならこれ被せとけ」って渡してくれたティーポットカバーのおかげかな。

「前と違う茶葉か」
「すみません、先に王子の好きな茶葉を聞いておけばよかったのですが……」
「これも悪くない」

 お気に召してもらえてよかった……王子は涼しげに、でも満足そうに再び紅茶に口をつけた。

「あの、王子のいつも飲まれている茶葉って何ですか? 今日も迷って自分の好きな紅茶を選んでしまったので……今後のために教えてほしいです!」
「お前に任せる」
「えっ……」
「俺は今まで同じ種類の紅茶ばかり飲んでいた。でも、お前が選ぶ紅茶はなかなかだ。だから他にも飲んでやってもいい」

 顔を逸らした王子はスコーンにジャムをつけて頬張った。
 ……嬉しい。そんな風に思ってくれていたのか。俺に任せてくれるなんて、これは自惚れてしまう……!

「せいぜい頑張って大量の茶葉の中から俺の一番好きな茶葉にたどり着くんだな」
「……はい」

 やっぱり俺の勘違いな気がしてきた。
 結局何の茶葉がいいのかははぐらかされてるし。王子の好みのものを知りたいという好奇心もあったんだけどな~~! でも勝ち誇ってる王子を拝めて感謝!いくらでも馬鹿にしてください!

 そんな調子で王子の華麗なティータイムを眺めていると、ふんわりと優しい風が吹いた。
 天気も良くて、薔薇と紅茶の香り、そして王子のなによりも可憐な香り……

 一生こうして王子のそばにいたいな……
 だけど王子とこうしてふたりきりで過ごせる時間も、あまりないのかもしれない。主人公が現れるまでの僅かな……


「俺だったら、よかったのに」

 そう口にして、ハッとする。

「? 何か言ったか?」
「あ、いえ……」

 なんてことを思っているんだ。主人公と結ばれることがゲームにおいてのハッピーエンドだ。王子の幸せを願わなければならないのに、どうして、こんなにも胸がズキズキするんだ。

「で、元気は出たのか?」
「え」

 スコーンを食べ終えた王子はじっと俺を見つめた。元気は出たのかって……それ……

「もしかして、俺のために……ここに連れてきてくれたんですか?」
「隣でため息つかれたら、気になって仕事にならないからだ」

 部屋で顔面を思いっきり近づけてきたのも、俺が見たがっていた庭園に連れてきたのも、青い薔薇を見せてくれたのも……全部、俺のため……

「……っ! 元気、いっぱい出ました!」

 やっべえ……めちゃくちゃ嬉しい。さっきまでへこんでたのが嘘みたいだ。王子気にかけてくれている。それだけでじゅうぶんじゃないか。

 その時、強く風が吹いた。薔薇の花びらが巻き上げられ、東屋の中まで舞い踊った。

「お前は、そうやって笑っているほうがいい」

 舞う色とりどりの花びら、煌めく太陽光。背景には薔薇の園、そして視界の真ん中で美麗すぎる顔を微笑ませる王子……
 この世のものとは思えないほど綺麗なその光景に、俺は目を見開いた。

 見覚えがあったからだ。ゲーム公式サイトのイーディス王子をガン見していた転生前の、あの頃の記憶。そこに数枚だけ載っていた……おそらくだけど、シミュレーションゲームにおける、とても重大な……あれ。

 ーースチル。

 よく知らないけど、スチルってのはフラグとか建てて、主人公相手になんかイベントが起こって、そんな感じで見れるもんだよな。わ~、イーディス王子のイベント見れてよかった。しかも3Dだし、王子とおんなじ空気吸ってんだぜ? マジ最高だなこのゲーム……ってあれ待てよ。これってもしかして……


 主人公って……俺ぇジェード!?!?
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