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前編(ミレイユ視点)
⑤
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魔王城を後にした私は、その足でハルト公爵邸へと向かった。扉を開け中へと入り、数十年過ごした自室を見回す。天蓋付きのフカフカなベッドと、その横に置かれた一人掛け用のカウチソファ。そして、精巧な細工が施されたチェスト。どれをとっても、使用人の部屋に置かれるには高価な品で、ここに住み始めたばかりの頃は、壊しはしないかと、ビクビクしながら過ごしたものだ。そんな経験も、良い思い出だ。
今考えると、ハルト公爵邸に住み始めてから、ここで働く使用人達から下級魔族と蔑まれたことはなかった。最下層のオークであっても、ディーク様の護衛騎士として、敬意を持って接してくれていたように思う。
自分には分不相応な豪華な部屋を最後にもう一度見回し、続き扉に目を止める。
もう、あの扉からディーク様が現れることもないのか。
懐かしい思い出。
魔力が無いがゆえに自分を守る術を持っていなかったディーク様はとても怖がりだった。魔族でありながら闇夜への恐怖心が強く、夜になると続き扉を叩き、この部屋へとやってきた。『一緒に寝て欲しい』と言うディーク様をよく抱きしめて眠ったものだ。
前魔王様はディーク様をお産みになり、この世を去った。前魔王様の遺言の元、ハルト公爵家で育てられることとなったディーク様にとって、母のように甘えられる存在は公爵家にはいなかったのだろう。ディーク様にとって弱さをさらけ出せる存在は貴重だったのかもしれない。
きっと、私に亡き前魔王様を重ねて見ていたのだろう。本当は母に甘えたかったのかもしれない。
私は、続き扉を開け、ディーク様が過ごされていた部屋を見回す。覚醒魔王へと進化を果たしたディーク様は魔王城へと住居を移された。主人の居なくなった部屋は、物悲しく映る。
そっと続き扉を閉め、自室へと戻るとチェストを開け数枚の簡素な服を手に取り、小さな鞄へと押し込む。そして、鞄を掴むと、未練を振り切るように、夕闇に沈み始めた自室を後にした。
♢
どれくらいの時が経ったのだろうか。
ハルト公爵邸を出立した頃にはまだ見えていた夕日は落ち、辺りはすっかり闇夜に沈んでいる。頭上には赤い月が昇り、森の中を怪しく照らしてた。オークの戦士を襲おうと考える愚か者はいないと思いたいが、どこに危険が潜んでいるかわからない。獣人や亜人であれば剣の腕に任せ倒すことも出来る。しかし、魔力を持つ上級魔族に襲われたら一溜りもない。
今まではディーク様の持つ『魔力を跳ね返す加護』が魔力を無効化していたが、今はその加護もない。早く森を抜け、今夜泊まる宿を探した方が良い。
闇夜を歩く危険性を考え、女と分からぬようにマントのフードを目深にかぶり、先を急ぐため足を早めた時だった。
「どこへ行くつもりですか?」
「――――っ!?」
今考えると、ハルト公爵邸に住み始めてから、ここで働く使用人達から下級魔族と蔑まれたことはなかった。最下層のオークであっても、ディーク様の護衛騎士として、敬意を持って接してくれていたように思う。
自分には分不相応な豪華な部屋を最後にもう一度見回し、続き扉に目を止める。
もう、あの扉からディーク様が現れることもないのか。
懐かしい思い出。
魔力が無いがゆえに自分を守る術を持っていなかったディーク様はとても怖がりだった。魔族でありながら闇夜への恐怖心が強く、夜になると続き扉を叩き、この部屋へとやってきた。『一緒に寝て欲しい』と言うディーク様をよく抱きしめて眠ったものだ。
前魔王様はディーク様をお産みになり、この世を去った。前魔王様の遺言の元、ハルト公爵家で育てられることとなったディーク様にとって、母のように甘えられる存在は公爵家にはいなかったのだろう。ディーク様にとって弱さをさらけ出せる存在は貴重だったのかもしれない。
きっと、私に亡き前魔王様を重ねて見ていたのだろう。本当は母に甘えたかったのかもしれない。
私は、続き扉を開け、ディーク様が過ごされていた部屋を見回す。覚醒魔王へと進化を果たしたディーク様は魔王城へと住居を移された。主人の居なくなった部屋は、物悲しく映る。
そっと続き扉を閉め、自室へと戻るとチェストを開け数枚の簡素な服を手に取り、小さな鞄へと押し込む。そして、鞄を掴むと、未練を振り切るように、夕闇に沈み始めた自室を後にした。
♢
どれくらいの時が経ったのだろうか。
ハルト公爵邸を出立した頃にはまだ見えていた夕日は落ち、辺りはすっかり闇夜に沈んでいる。頭上には赤い月が昇り、森の中を怪しく照らしてた。オークの戦士を襲おうと考える愚か者はいないと思いたいが、どこに危険が潜んでいるかわからない。獣人や亜人であれば剣の腕に任せ倒すことも出来る。しかし、魔力を持つ上級魔族に襲われたら一溜りもない。
今まではディーク様の持つ『魔力を跳ね返す加護』が魔力を無効化していたが、今はその加護もない。早く森を抜け、今夜泊まる宿を探した方が良い。
闇夜を歩く危険性を考え、女と分からぬようにマントのフードを目深にかぶり、先を急ぐため足を早めた時だった。
「どこへ行くつもりですか?」
「――――っ!?」
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