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喰われる!?

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――ポチではなく、今のアルフレッド殿下を見て欲しいか……

 私は今まで真剣に彼と向き合った事があっただろうか?

 殿下の中に存在する『ポチ』の面影を見つける事で、『ポチ』を失いポッカリと空いてしまった心の穴を埋めていた。

 その事に、アルフレッド殿下はずっと気づいていたのかもしれない。

 本当失礼な話だ。

「殿下は、気づいていたのですか? 私が貴方に別の誰かを重ねていた事に」

「あぁ。それが昔の俺だったとは、流石に気づかなかったがな。俺の背を撫でつつ泣いているお前を見て、その涙が俺ではない別の誰かに向けられたものだと気づいた。正直、嫉妬した。弱さをめったに見せないユリアスを泣かせる奴の存在に嫉妬したよ。でも、今はそれでも良かった。いつかそいつを追い出し、自分がユリアスの心を掴めると思っていたからな。ただ、こんな長期戦になるとは思っていなかったが」

 側にいるのに、ずっと誰かの身代わりにされているなど、普通であれば我慢ならないだろう。しかし、殿下は何も言わず、ずっと受け入れてくれていた。涙の意味を問いただす事もせずに。

 何が殿下の母親代わりだ。よっぽど、殿下の方が大人ではないか。

 過去にずっと縛られていたのは自分か……

「――ごめんなさい。殿下、ごめんなさい。何が母親代わりですか。よっぽど殿下の方が大人ですね。過去の想い出にすがって、現在を見ようとしなかった。きちんと、殿下と向き合おうとしなかった自分は愚かでしかない。本当にごめんなさい」

「ユリアス、お前がポチに対して思い入れが強いのは理解出来る。しかし、今の俺はあの時のポチではない。お前に守ってもらわねば生きられない弱いポチではないんだ。草食獣人という弱い立場のユリアスを守れるだけの力もある。お前が望むなら、肉食獣人と草食獣人が分け隔てなく生きられる世を造る事だっていとわない。ユリアス、お願いだ。今の俺を見てくれ」

 スッと片膝をつき、こちらへと手を差し出した殿下を見て、鼓動が跳ねる。この行為が何を意味するかは、恋愛事に無縁の生活を送ってきた私でも分かる。

「――ユリアス、我と共に歩もう」

「何勝手に求婚しているんですか! 殿下がそのつもりなら、私にだって考えがあります」

 そう言って、殿下の隣で片膝をつき、同じように手を差し出したダミアンを見て、違う意味で心臓が跳ねる。

「ユリアス、貴方を想う気持ちは誰にも負けません。どうか私の手を取ってください」

 差し出された二つの手を見つめ、背を冷や汗が大量に流れていく。

 なんだ、このカオスな状況は……

 第三王子と、その側近の黒豹獣人に同時に求婚されている兎獣人の絵面など前代未聞だ。

 ここは、冷静になり考えろ。絶対に、どちらの手もとってはならない。取ったが最後、恐ろしい事態になる事は目に見えている。

 そうだ。『ごめんなさい』をして逃げればいいのか。

 それが最善策のような気がした。

「あ、あの……。二人の気持ちは、嬉しかった。ただ、君達と同じように好きかと言われたら、よくわからない。したがって、ひとまずは、ごめんなさい!!」

 ガバっと頭を下げて、チラッと二人の様子を伺い見ると、手を差し出した格好のまま固まっている。

 これはチャンスなのではないか?

 自分でも何を言っているのか意味不明だったが、そんな事はどうでもいい。運良く二人が固まっている間に逃げるが勝ちだ。

 きっとあとは、どうにかなる。

「では、また」

 固まっている二人の横をすり抜け、一直線に扉へと向かい、ドアノブを回すが開かない。

「えええ、何で開かないんだよ!!」

「それは、鍵がかかっているからですよ、ユリアス」

 背後から、かけられた声に身体が跳ねる。

「――ダミアンに……アルフレッド殿下……」

 背後を振り返り見た二人の満面の笑みに、間違いなく私の心臓は止まりかけた。

 怖い……

 恐怖で固まった私の左手をダミアンが握る。そして、右手をアルフレッド殿下が握り、扉へと追い込まれる。

「ユリアス、どこに行くんだ? まさか、逃げるつもりではないだろうな」

「そんな事しませんよね。私達の求婚を断って、さっさと自分だけ逃げるだなんて、そんな酷い事ユリアスはしませんよね」

 右耳に吹き込まれる低く熱い吐息混じりの重低音と左耳で囁かれる色っぽい猫なで声が、全身をめぐり、動きを封じる。

 先ほどから、頭では警報音が鳴りっぱなしなのに、身体が言うことを聞かない。この場から逃げ出さなければ、自分の身が危険だと本能が訴えているのに、全く動けない。

「しかし、ユリアスには前科があるぞ。現に、先ほどまでこの部屋から逃げ出そうとしていた」

「それもそうですね。求婚を断られた私達を放置して、一人帰ろうだなんて、ひどい人ですね。ユリアス、私の何が嫌なんです?」

「そうだ、俺の求婚を断るにも、きちんと理由を言ってくれないと諦めるに諦めきれない。俺の何がダメなんだ?」

 クルッと反転させられ、見上げた先の殿下とダミアンの目が光る。

――喰われる……

 肉食獣にロックオンされた草食獣に逃げ出す術はない。

 しかも、壁に手をついた殿下とダミアンに、完全に囲われている状況で、どう逃げ出せと言うのだ。完全に退路を塞がれている。

 もう、言葉を発することも怖くてできない。ただ、震える事しか出来ない私を、さらに彼らは追い詰める。

「まぁ、ユリアスが何を言っても諦めるつもりはないですけどね」

「――それも、そうだな。今までも、散々ユリアスの鈍感ぶりには振り回されてきたのだ。今更か」

「しかし、私の想いを家族愛だと勘違いしたことは許せませんね」

「極め付けは、親離れ出来ない子供と一緒だとも言われたな。どうしたら、あんな勘違い出来るのか」

「そうですね。特殊な性癖でもなければ、親に邪な想いを抱く子供などいないでしょうに」

「まったくだ。ただ、今後も同じような勘違いをするのではないか?」

「えぇ。私たちの想いを、『わからん』と切って捨てたくらいですから」

「あぁ。わからないのなら、教えてやれば良いのか……」

「そうですね。心に訴えてダメなら、体にね」

 その言葉を最後に、視界が大きく変わり、気づいた時にはベッドへと投げ出されていた。

 

 
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