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後編
ミーシャ視点
しおりを挟む「……、どうして、どうして、見つからないのよ!!」
数刻前に届けられたアンドレからの手紙を握る手が震える。
ノーリントン教会が火事に見舞われたと聞いたのが数週間前。隣国で商売を始めたアンドレへと、教会で療養している彼の父、ターナーの所在を探すように手紙を出した。あれからさらに数週間、やっとアンドレから返事が返って来たのが、陛下を招いてバレンシア公爵家で行われる夜会の朝とは、ついていない。
準備に追われ、夜会で忙しく立ち回っていたため、こんな時間になってしまった。
アリシアと陛下のダンスを見届け、急ぎ自室へと戻り、今朝届いたばかりの手紙を開き愕然とした。
『父の行方は不明です。生きているかも、死んでいるかもわかりません』
あの人の生き死にがわからない。
手紙を握りしめ、くず折れた。
あれから、どれくらいの時が過ぎただろうか?
雷鳴の音に、ふらり、ふらりと起き上がり、窓へと近づけば稲光がガラス窓を照らし、死人のように青ざめた己の顔を映す。その顔が、死んだ姉の顔と重なり、嫌な音をたて心臓が走り出す。
「……姉さん……、恨んでいるのでしょうね」
姉を裏切り、死に追いやり、そして彼女が遺した大切な子供たちを虐げた。
因果応報。そんな言葉が頭をめぐり、消えない。
姉が死んだ日。あの日も、雷鳴が轟き、雨が滝ように降る夜だった。あの晩、バレンシア公爵家へ嫁いだ姉オリビアの元を訪ねた私は、ある計画を実行した。
脅すだけのつもりだった。
ターナーと私、そして生まれてくる子供との三人での生活。彼がいれば、平民になることも厭わない。そんな覚悟を口にした私に、姉は辛辣な言葉を浴びせた。
『平民になってもいいですって? ははは、お嬢さま育ちのあなたに何が出来るっていうの。平民としての暮らしは、ミーシャが思うほど甘いものではないわ。どうせ、私のところにお金をたかりにくるのがオチでしょ』
信頼する姉から初めて聞く辛辣な言葉が、心臓に深く突き刺さり、ドクドクと血を流す。突発的な怒りに襲われた私は、雨の中、バレンシ公爵邸を飛び出した。
私に平民暮らしは出来ないですって。
お金をたかる? ずっと、私をお金を無心する卑しい女だと思っていたのね。
許せない。公爵夫人になったからって、私を馬鹿にしている。
雨に濡れ、身体が冷えていく。しかし、怒りの炎は燃え上がり、姉への憎悪へと変換されていった。
許せない。許せない。私の中の悪魔が囁いた。
『オリビアの幸せをすべて奪ってしまえ。金も、地位も、名誉も……』
殺すつもりなどなかった。
護身用の短剣をちらつかせて、脅すだけのつもりだった。
笑みを浮かべ、死にゆく姉が最後に遺した言葉が、今も頭を支配する。
『あなたが、私を殺したのよ。それは、償うべき罪。どうか、子供たちを守って』
アンドレは、隣国で商人として、独り立ちをし、あちらで新たな生活を始めている。そしてアリシアが側妃として王家に嫁ぐことが決まった今、ルドラの籍をノートン伯爵家へと移せば、バレンシア公爵家を継ぐ者は誰もいなくなる。
後継のいないバレンシア公爵家は、あの男の代で終わる。すべてが終わる。
姉さんを苦しめ続けたバレンシア公爵家の闇も、終わるはずだったのに……
なぜ、あの人がいないの。ターナー……
やっと、穏やかな日々を過ごせると思ったのに。アンドレとタナーと私、親子三人で隣国で幸せになれると思ったのに、どうして、どうして……
稲光が漆黒の闇を照らし、窓ガラスに己の姿が映る。大きく胸元の開いた真っ赤なドレス姿の自分は、社交界で噂されている毒婦そのものに見える。
流行のドレスや装飾品に湯水のごとく金を使い、贅沢三昧。そして、前妻の子を虐げる悪妻ミーシャ。そんな噂が社交界で流れているのは知っている。そう噂されるように振る舞って来たのは、他ならぬ自分自身だ。
バレンシア公爵家の没落は、誰の目にも明らかだろう。夜会に参加した貴族連中から社交界へあっという間に噂は広まる。そして、悪妻から虐げられ続けた子供たちは、幸せな結末を迎えるの。
アリシアは、陛下に訴えるだろう。前妻の子を虐げる悪妻ミーシャと、そんな子供達を放置したバレンシア公爵の罪を。罰は下され、悪妻は平民へと落ち、バレンシア公爵家は取り潰しにあう。
すべては、姉さんの計画通りだった。ターナーが、いなくなるまでは。
「あの人がいない人生なんて……、生きていても仕方ないわね、姉さん」
幽鬼のような顔をした私は、部屋の片隅に置かれた衣装棚へとフラフラと歩み寄る。引き出しを開け、一番奥に仕舞われていた木箱を取り出し、鍵を開ける。中には短剣と一緒に一枚の手紙が閉まってある。
オリビアが死んだ翌日に届いた『約束の手紙』
「運命かしらね……、やっと解放される」
雷鳴が轟き、稲光が銀色のナイフをギラっと光らせる。
「もうすぐ会えるわね、オリビア姉さん。姉さんは、わたしを褒めてくれる?」
アリシアの婚約パーティだというのに、バレンシア公爵は、今日もあの部屋から一歩も出てこない。
きっと、あの部屋に私が入っても気づきもしないのでしょう。
このナイフで、ひと突きすれば、すべてが終わる。
やっと、私も解放されるのね。この呪いのような約束から……
木箱にしまわれていた短剣を手に取った時だった。突然響いた扉を叩く音に、心臓が跳ね上がる。
「奥さま、お客さまをお連れ致しました」
扉の外から聞こえた声に、慌てて持っていたナイフを木箱へと戻し、衣装棚を閉めると、駆け足でソファへと行き、座る。
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慌ててソファから立ち上がると、小走りに扉へと近づき、頭を下げる。
「どうぞ、お入りになって」
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「あら? ミーシャ様、私をご存知ないと」
「知っているも、何も……」
「では、この姿ではいかがですか?」
目の前の女が黒のヘッドドレスを掴むとグイッと引き下ろす。そして、現れた艶やかな銀髪と、美しい顔を見て息をのむ。
「――――、ティアナ王妃殿下!?」
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