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後編

悪友

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「タッカー様、何か進展がございましたか?」

「はい。どうやらここ数日の内に、例の荷が此処に運び込まれるとリドルからの情報です。それと、バレンシア公爵家に関して進展もあったようですよ。そちらはエルサが調べているので、詳しい話が出来ると思います」

 半年以上前からノーリントン教会に潜入していたリドルとエルサは、教会内でもそこそこ重要なポジションを任されていた。リドルは食料や生活用品などの貯蔵庫番を、エルサは外部訪問者の調整役を任されている。あの喧嘩っ早いエルサに外部の調整役など務まるのだろうかとも最初思っていたが、予想を裏切り、お淑やかな令嬢風を装う事に成功していた。ばっちり、しっかり猫を被っている。側から見たらどこの清楚なお嬢さんかと見紛うほどの変貌ぶりに、潜入前に会っていなければ、当の私も騙されていたことだろう。

「そうですか。彼らの働きは素晴らしいものがありますね。潜入してわずか半年で、教会にしっかりと馴染んでいる。誰も彼らを疑っていない。二人は、そのような訓練を受けた者達なのですか?」

「いや違うと思います。私も詳しくは知りませんが、出会った当初から人の心に入り込むのが実に上手い奴らでしたね」

「タッカー様は、彼らとはどこでお知り合いに?わたくし、てっきりメイシン公爵家の裏を担う者達かと思いましたが」

「今はメイシン公爵家と契約をしていますが、本業はフリーの情報屋です。私が、隣国へ逃げ……いえ、滞在している時に知り合いました。たまたま入った酒場で知りあって、情報屋をしていると聞いた時には驚いたものです。ただ、なかなかの境遇で、幼い時分は、劣悪な環境の孤児院で過ごしていたようです。その影響で、エルサは肺の疾患を患い、今でも高価な薬が必要だとか」

「では、エルサもリドルも隣国の出身ですのね。あちらの国は、軍事に多額の費用を掛けている影響で、市井の貧困層が増えていると聞きました。しかも、平民ですら戦争に駆り出されるのだとか。では、エルサもリドルも戦争孤児であったのですか?」

「そこら辺の詳しい出自は分かりませんが、平民にしては読み書きも難なく熟しますし、貴族とのやり取りにも違和感がない。どこぞの裕福な商人の息子、娘と言われても納得出来るレベルの礼儀作法は出会った当初から身に付けていましたから、ただの戦争孤児という訳ではないのでしょう。ここからは憶測になりますが、特殊機関で訓練を受けた諜報部員であった可能性はあります」

 タッカー様の話には信憑性があった。隣国との諍いが絶えなかった当時、ルザンヌ侯爵領国境付近の小競り合いを有利にするために、諜報訓練を受けた子供が送り込まれることは侯爵領では珍しくなかった。父の忠告に耳を貸さず、城を抜け出し遊んだ悪友達も、今考えれば隣国の間者だったのかもしれない。ただ当時は、そんな事を考えられるほど大人ではなかったのだ。辺境の地で、侯爵家の娘としてではなく、一人の女の子として接してくれる相手は、たとえその相手が得体の知れない者であったとしても特別な存在だった。
 
 女の子扱いは受けなかったわね……

 かつての悪友の顔を思い浮かべ、苦笑いを浮かべる。淑女教育のため王都へ移ってからの、彼らの足取りはわからない。ただ、隣国との諍いがなくなった世で幸せな人生を歩んでくれていたらと思う。

「確かにかつては諜報機関に所属していた者が、停戦と同時に需要が減り、生計を立てるために情報屋に転じる例は多いのかも知れませんね。メイシン侯爵家の事ですもの、エルサとリドルの出自もある程度は調べがついた上での採用なのでしょう? 隣国出身ということは、オルレアン王国の内情にも詳しい。しかも、不遇の幼少期を過ごしている二人であれば、多かれ少なかれ隣国に対して良い感情は抱いていないでしょう。こちらに取り込んでも裏切る可能性は低い。今回の件を探るにはうってつけの人選ですわね」

「えぇ。そこら辺は抜かりはありませんよ」

「それにしても、ビックリしたわ。タッカー様が、隣国に滞在していたなんて。いつ頃に、いらしたのかしら? 隣国との停戦協定が結ばれたのもここ数年の話よ」

「はい。停戦協定が結ばれてすぐですね。ちょうど二年前くらいでしょうか?それから、一年ほどでアルザス王国へ戻って来ましたが」

「思い切った決断をされたのですね。停戦間際にオルレアン王国へ行かれるなんて、命の補償も無かったでしょうに」

「そうですね。入国当初は、アルザス王国出身だなんて知られたら、命は無かったでしょうね。それ程までに緊迫していましたから。ただ、それで自分は良かったのです。あのままアルザス王国で過ごし、生きる屍になるよりは、命の危険と隣り合わせの環境に身を置いた方が生きている実感が得られた」

「……」

 あぁぁぁ、タッカー様の恋の相手は人妻だったわね。彼女への恋心を持て余し、隣国へ逃げたのだろうか……
  
 哀愁漂わせ遠くを見つめるタッカー様の心の内は中々複雑そうだ。実に難儀な男である。ただ私にはどうする事も出来ない以上、そっとして置くのが一番だ。

「あっ!すいません。私が隣国に行った理由など、どうでも良いのです。それに、オルレアン王国で素晴らしい技術に接する事も出来ましたし、結果としては身になる事も多かったですから。後悔などしていませんよ」

「素晴らしい技術ですか?」

「はい。オルレアン王国は、医学、薬学の発展が目覚しい国なのです。ここ数十年の話かと思いますが、医学、薬学が発展した結果、他国と比べ戦争で有利に事を進められるようになり、軍事力増強に踏み切ったという話もあるくらいです。ただ、現医薬省のトップに就任した人物が、戦争ではなく、他国との貿易にて国を豊かにするシステムを確立したとかで、戦争ありきの国政を大きく転換させたと言われていますね」

 わずか数年で隣国との関係が大きく変化した要因は、陛下の働きかけと同時に、隣国の歩み寄りが大きかったと言われている。停戦協定が結ばれた当時、それは晴天の霹靂の如き衝撃を持って王宮内を駆け巡ったものだ。あの好戦国家が、何の条件も出さず、こちらが提案した停戦協定に判を押したのだ。軍事力の面で我が国が劣っていたにも係わらずだ。何か裏があるはずだと、しばらくの間、社交界でも隣国陰謀説が真しやかに噂されていた。

 タッカー様の話が真実であるのなら、当時隣国で大きな変革が行われていた事になる。その変革と上手く重なった事で、我が国の停戦協定はすんなりと受け入れられたのだろう。

「我が国は、その医薬省のトップの方に感謝しなければなりませんね。どんな思惑があったにせよ、その方が行動を起こさなければアルザス王国の平和はなかったかも知れない。きっとわたくしの故郷は戦火に見舞われ、父も母もどうなっていたかわかりませんもの。その方に、タッカー様はお会いになった事はありますの?」

「残念ながら、オルレアン王国にいた時に会うことは出来ませんでした。ただ、私がお世話になっていた方の勤め先だった医薬学校の校長も兼任される程、医薬の知識に精通している人物だと仰っていましたね。確か名前は、『エミリオ・カーマ伯爵』だったかと」

 エミリオ……まさかね……

「かなりお若い方と聞きました。確か、私達と変わらない年齢だったかと。しかも、聞いた話では、黒髪に深紅の瞳を持つ男だとか。それもあって、かなり印象に残りましたから」

 黒髪に、深紅の瞳……
 確かに、アルザス王国でも、オルレアン王国でも、滅多に見ない髪色だわ。

 幼い日に別れた悪友の顔が脳裏に浮かぶ。

「若くして伯爵位を持つだなんて、オルレアン王国での立ち位置もかなり重要な人物のようですわね。いつか、お会い出来る日が来るかしら。その時は、心からのお礼を言いたいものですわ」

 エミリオ……

 かつての悪友との思い出が、走馬灯のように脳裏を過ぎった。

 

 
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