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第一章 春 ~事の発端、すべての元凶~
その50 様子
しおりを挟む「それじゃ、一旦休憩にしようか」
と、望子先輩が提案してくる。僕らの身体はもうすでに疲れきっており、ヘトヘトだった。
今日は珍しく「どん・だー」に向けての練習を行っていた。
望子先輩もとうとう、自分たちが「どん・だー」へ出場予定のチームだと自覚したのだろうか。練習を提案してきたのも望子先輩なのだ。
路世先輩曰く、「今日の望子はやる気があって、様子がおかしい」とはこのことだったのか、と今更ながら理解する。
確かに、今日の望子先輩はなんだか様子がおかしかった。
いつもならば、こうして練習するだなんて言い出さないし、ソファでごろごろしてお昼寝を始めている頃合いだ。
それなのに今日は、いつにも増して部長らしい行動をしている。
「なんなんでしょうね、今日の先輩……」
「さぁな。どっかで頭と右足でも打ったんじゃないか?」
「……どうして右足も、なんですか?」
「なんとなく」
路世先輩はそんな冗談を言いつつも、苦笑いを浮かべていた。
きっと路世先輩も、今日の望子先輩の行動に違和感があるようだ。
僕らは学年とクラスは違うが、路世先輩は先輩と同じ学年であり、同じクラスだ。
今朝からこの調子だったと仮定すると、路世先輩は相当反応に困り、望子先輩にかなり違和感を覚えただろう。
「いや、朝は確かに違和感あってすっげー困ったが、もうここまで来ると慣れてしまったぞ」
「えぇ……」
それはそれで困る。
今の望子先輩に慣れてしまっては、この先が思いやられる。
望子先輩はいつも通り、あの子どものような無邪気な人じゃないと、僕の身体が拒絶反応を起こしそうで怖かった。
「でも、意外と慣れてしまうといいものだと思いますよ」
「ちぃまで……。本気で言ってるの、それ?」
僕以外の部員はすでに、いつもと様子の違う部長の雰囲気に慣れていたようだ。
それはそれで逆に僕が困るのだが……。
このままこの雰囲気で進んでいけば、確かに「どん・だー」の予選突破は出来るかもしれない。
が、それではこの僕らの太鼓部としての雰囲気がなくなってしまう気がして怖かった。
僕ら太鼓部のいいところは、こうしてみんなが家族のようにフレンドリーであり、ほんわかしている点だ。
そのため、僕とちぃはすぐにこの部活に慣れたのだ。
その空気がなくなってしまえば……それはそれでなんだか僕らの太鼓部とは思えなかった。
僕はどうしても先輩を元の先輩に戻そうと、とある提案をする。
「あっ、皆さん喉渇きません? ここいらで今日のおつかい決めましょうよ!」
おつかいとは、要するにパシリだ。
僕らは度々こうして自販機に向かう人をじゃんけんで決めているのだ。
ちなみにこれまでの結果はダントツで僕がトップだ。どうしてかは知らないが、八割がた僕になってしまう。不思議だ。
こうすればきっと、望子先輩も元に戻るだろうと思ったが……ムリなのだろうか?
僕が諦めかけた時だった。
「いいねー! じゃ、みんな集まってー!」
いつもの口調で先輩が部員をかき集める。
その口調を聞いて、路世先輩とちぃは驚いた表情を見せたのだ。
まさかこれだけで望子先輩が元に戻るとは思ってなかったのだろう。心の底から驚いているようだった。
「望子……? 大丈夫か? お前、ホントに頭とか打ってないよな?」
「望子さん……いつもと様子がおかしかったですけど、なにかあったんですか?」
二人はまるで、今まで何事もなかったかのように先輩に取り繕う。
先輩はきょとん、とした顔で、
「え? 私? 別にどうもしてないけど?」
と、そうしっかり宣言していた。
じゃあ……一体、あの先輩はなんだったのだろうか? 僕も路世先輩もちぃも訳が分からなかった。
「それじゃ、じゃーんけーん!!」
何度かのあいこの末、僕が今日のおつかいとなってしまった。
しかし、あの先輩は一体なんだったのだろうか……? 後々分かったのだが、あれは先輩の一種のやる気スイッチが入っただけだったらしい。
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