恋情を乞う

乙人

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箴言

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「誰が悪いのって。それは、きっと、貴方様が、悪いのでしょう。」

 准后は、悩んでいた。
 また、榮氏が宮に閉じ籠ってしまった。理由は、明確なので、敢えて言おうとも思わない。
「後宮は、絢爛豪華な牢獄、ね………」
 それもそうか、と笑う。
 一度後宮に入れば、余程のことがなければ、出ることが出来ない。そこで、生涯を終えるしかない。
 後宮の外れには、前の時代のお妃方がいる。この国では、家柄が良ければ、首を斬るなりしなければ、死なないという、理不尽な体質がある。
 そのため、妃の役割を終え、そのまま放ったらかしにされた女達は、いくらかすれば、自害してしまうことも多い。
(こんなところ、来るんじゃなかったわ)
 そう、思っても仕方ない。
 母が昔、女の子を産んでしまったことを後悔していた。後宮に入れられる運命だから、と。そして、後宮は、幸せな場所ではないのだと。
 今なら分かる。
 生まれ変わってまで、いたいところではない。
(皇后様……大丈夫かしら………)

「皇后様。圓准后様がいらっしゃいました。」
「…どうぞ、お通しして。」
 その日、榮氏は独りで、琵琶を嗜んでいた。どうせこれからすることも無いのだから、准后の訪問は、暇つぶしに丁度良い。
「榮皇后様に、拝謁致します。」
 丁寧に頭を垂れる。この人は、いつも礼儀正しい。育ちの良さを感じさせる。
「いいわ。掛けて。」
 准后のために席を用意させ、座るように促す。
「失礼。」
 所作の一つ一つに、品がある。やはり、こういう、上流の姫の方が、良いのだろうか。愛されている、大長公主のことを考えると、そう思ってしまう。
「お加減は?」
「平気よ。変わりないわ。」
「それは良うございました。」
 准后は、その場にいた侍女に目配せをし、人払いをさせる。
 誰もいなくなった時、榮氏は、おもむろに口を開いた。
「ねぇ、旲瑓様、何方にいらっしゃるの?」

「ねぇ、何処にいらっしゃるの?」
 榮氏は、暗い声で言った。
 准后は、覚悟を決めることにした。
 この人の性格だ、下手に誤魔化せば、癇癪を起こしてしまうかもしれない。それは、后として、とても評判を悪くしてしまう。
「こうして、人払いをさせたのにも、何か、訳があるのでしょう?」
「はい。」
 やはりね、とため息をついた。
「皇后様。これから申し上げることは、貴女様にとって、とてもお辛いことと思います。それでも?」
「えぇ……もう、待つのは、疲れたの。」
「分かりました。」
 准后は、心を落ち着かせるため、一度深呼吸をした。それを、榮氏は、不安げに見ている。
「貴女様が愛していらっしゃる方は、離宮にいらっしゃいます。」
「……離宮。」
「何処、とは申しません。だって、もう、お分かりだと存じます。」
 榮氏は俯く。スカートを握りしめて、ぷるぷると震えている。
「大長公主………様………?」
 当たりだ。やはり、察していたのだ。
「それは、確かなこと……なの……?本当のことなの?」
「はい………私も参りました。この目でしかと拝見しました。」
 「いや」とか細い声で呟いて、榮氏は首を振った。頬をつたって、涙も流れる。
「ごめんなさい。申し上げることでは、ありませんでした。貴女様の御心を乱してしまうこたでした。」
「いいえ………言えと言ったのは、妾です。貴女は何も悪くありません。気を悪くしないでね。」
 准后は、榮氏の涙を、拭ってやった。
 不思議な気分だった。
 後宮に入って、今は亡き恋人を想い、死のうとしていたのを、助け、諌めてくれたのは、この榮氏だった。
 恩返しだと思って、このひとを助けたいと思った。
 メソメソと泣いているのは、彼女には、似合わないから。

 夜、准后は、女官の格好をして、大長公主の離宮までお忍びで行く。物分りの悪い、色ボケな夫に会いに。
「お久しぶりでございます。主上。」
「久しいな……寳闐……」
「准后じゃない。どうしたの、また………」
 准后は立ちあがって、永寧大長公主の前に向かう。
「御無礼とは存じますが、大長公主様。どうか、席を外しては頂けませんか?」
「私?」
「さようでございます。」
「聞かれたくはない、ということね。」
「そう、考えていただいても結構でございます。」
 大長公主はそのまま、席を外す。
 周りに誰も居なくなったのを確認してから、准后は話し始めた。
「私が、何故此方に参りましたか、お分かりですか?」
「………お前の父上……のことか?」
「いいえ、今回は、我が父は関係はございません。」
「では……」
「榮皇后陛下について、とだけ申しましょう。」
莉鸞レイランが?」
「はい。」
 この場に、榮氏は連れてきたくなかった。愛する人が、別の女を愛でている様を見るのは、あまりに残酷なことだと思ったから。
「皇后陛下はこの頃、沈んでらっしゃいます。訳はおわかりでしょう?貴方様のことです。」
 旲瑓は苦い顔をした。
「やはり、御存知なのですね。」
「あぁ………冷宮送りにしろ、とか、悋気がどうとか、言っていたよ。」
「そうですわね。『後宮は、絢爛豪華な牢獄』、そうもおっしゃっていたでしょう。」
「あぁ。」
「私は、貴方様の御寵愛がなくても、生きて行ける。でも、皇后陛下は違う。あの方は、貴方様がいらっしゃらなければ、生きていけないのです。」
「………」
「前に申し上げました。皇后陛下について、貴方様は責任がおありだと。」
「言ったな。」
ゆうれいとして彷徨っていた皇后陛下を拾って差し上げたのは、貴方様。後宮に入れたのは、貴方様。総てが、貴方様なのです。」
 旲瑓は俯く。
「ずっと幽閉されて生きてこられた方です。きっと、貴方様を恨んでおられるでしょうね。」
 何も口を開かない。
「大長公主様のことが御心配なのは、十分承知しております。それでも、他の女を放ったらかしても良い理由には、なりません。」
 榮氏には、それで、三年間昏睡状態だった、という過去がある。そのため、放っておけないはずだ。
「これ以上は、何も申し上げません。もう、お分かりでしょうから。後宮には、貴方様のお帰りを待っている者達がおります。」
 准后はくるりと旲瑓に背を向けると、一言だけ残す。
「耳が痛いでしょう?貴方様がお分かりになるまで、何度もこれを、繰り返しますよ。以上を、私からの箴言として、畏れ多くも、申し上げさせて頂きます。」

 永寧大長公主はあと一年以内に死ぬ。そう知っている。出来るだけ、彼女と共にいて欲しいと思えど、泣き暮らす榮氏の姿が痛々しくて、何もせずにはいられなかった。
「愛って、辛いわよね……」
 彼女も、自分と同じ喪失感を抱いて欲しくない。愛おしい人が生きているのに、感じて欲しくない。
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