恋情を乞う

乙人

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碧眼

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『わたくし、貴女が、怖いです。』

 碧眼の女、榮莉鸞と云う女。後宮に、他に碧眼を持つ女はいない。深い青。少しばかり、紫がかった瞳。
 美しいが、何処か、恐ろしくて堪らない。

 ―何故、榮莉鸞は碧眼なのだろう。
 俐氏はずっと考えていた。
 榮氏の生母である凌氏は碧眼ではない。濃い茶色だ。髪は同じ黒髪。猛禽類の様な吊り目も凌氏譲りだ。もしかしたら、眼は父譲りなのかもしれない。

(榮莉鸞皇后は、怖い。)
 紅い瞳を持つ旲瑓や永寧大長公主や、圓准后我が姉の赤みがかった茶は、温かさを感じる。
 だが、青い瞳は、冷ややかな印象を持ちざるをえない。特に、目が笑っていない際の榮氏は鳥肌が立つ程に恐ろしい。
 猛禽類………狐にそっくりなきつい吊り目なのに、まなじりを朱をさすのだから、余計にそう見える。
 榮氏を表す色は、紅。朱。頭に抱いた黄金ほ鳳凰の冠は、皇后の位に相応しい。紅と金はよく似合う。
 それだけなら、良かったのかもしれない。
 着るのは、榮氏。人を殺した女、親を殺した、罪深き女、榮氏。
 ―あの紅は、何で染めてるのかしら。
 染料で染めている糸で織られた錦な筈。それなのに、まるで、彼女が殺めた者や、喰らった者の生き血で染めたのではないかと疑ってしまう。
(あの女、は、化物、だから。)

身につけた朱の衣裳は、赤黒い血に染まることもなく、簪は人を殺めることもなかった。
 夢のようだ、夢のようだと笑った。

「って、思われているらしいよ。」
 旲瑓は笑った。
「そんなわけありませんわ。」
 榮氏は苦笑しながら否定する。
 こうして、笑いあったのは、随分と久しぶりな気がする。前に話したのは、凌氏とのことがあった上に、立后する直前で、それについての話ばかりだった為、こんなにゆったりとしていなかった。
「でも、夢の様だと、思います。」
「夢?」
「ええ。」
 榮氏は少し俯きながら、暗く低い声で語り始めた。
「妾があの女を殺したのは、簪でした。それに、着ていた衣裳も、紅かった。血染めと言うのは、考えただけで、禍々しいですわね。」
 正気ではなかったわ、と。
「でも、あの時と違う。確かに紅い衣裳を着ていますし、化物だったのは、まごうこと無き事実です。あの時は、思っても見なかった。こんな上等な錦を着て、皇后サマをやっているなんて。」
 ふふ、と榮氏は微笑む。
 でも、どこか寂しげな気がしたのは、気のせいなのだろうか。

 榮氏は一人、空を見ていた。
 霧がたち込める、そんな場所にいたのは、今から何年前だろう。
 榮氏が死亡したのは、十七。そして、今は二十三。既に、六年もの月日が経過していた。
(恐ろしいこと。)
 琵琶を掻き鳴らす。
 評判の舞姫。それが、昔の榮氏だった。父が亡くなり(殺され)金も潰え、貧民と結婚した母は、それを好に、金を稼いだ。そして、売った。
 あの女―凌氏は、淑景宮にまだいただろうか。いっそ、冷宮(罪を犯した妃の入る)に、追い遣ってしまえば良かったか。殺すことも、出来た。それくらい、簡単なはずだった。
 父に会いたい。
 ふと、そう思った。
 琵琶を手解きしてくれたのは、父だった。名手として名高い人だったらしい。高官の宴にも呼ばれたこともあったそうだ。
 父の母、榮氏の祖母は、異国人だったらしい。父は碧眼だった。それも、榮氏が受け継いだ。娘は紅い眼をしているが、少し青みがかったような気がする。
「妾は、勝ったのかしら。」
 何に。
 それは、分からない。
 化物という、親殺しという、最悪の殺人者―背徳者の成れの果て。そこから抜け出すという、運命に逆らうことをして、今、此処に存在する。

 少し歩いて、湖に行く。
 そっと、水面を覗き込んだ。
 皇后の榮氏。化物の頃より、どれだけマシになったことか。
 だが、人間だった頃。家族三人で、幸せに生きていた頃。戻れない過去。過ぎ去りし日々。
 栄華は極めた。
 だが、もう、これ以上幸せになることは出来ない気がする。
 根拠は、無い。
 そっと、水を手に掬う。
 水面に映った、青い瞳。冷ややかだと、流石羅刹の皇后サマよと囁かれているのを、知っている。
 その通りだ。
 どれだけ気丈に振る舞おうとしても、笑っていても、愛した人と語らっても、何処か、胸につっかえる。
(もう、終わりなのかもしれないわね。)
 榮氏は掬った水を、バシャリと顔に掛けた。
 何にも、見られたくは、なかった。
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