恋情を乞う

乙人

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霽娟

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「待ちなさい!」
 纏足の女は叫んだ。

小姐ねえさまに知らせなくては!)
 俐才人はすぐに宮を飛び出した。誰にも見られないように、裏からそっと。でも、それを誰かに見咎められてしまった。
霽娟セイエン!」
 誰だ。己の諱を呼んだのは。俐才人は振り返った。
 そこには、紅い女官服に身を包んだ、異様に足の小さな女が立っていた。
「小明……」

 才人、俐霽娟リー セイエン俐小明リー シャオミンとも面識があった。親戚同士で、たまに、顔を合わせることもあったからだ。
「あぁ、そうだったわ。」
 何をしようとするのか。才人が身構えたところ、小明は膝をついて、拝礼をする。
「ご機嫌麗しゅう、俐才人様。」
 俐霽娟は、才人という、位を自分で持っている。しかし、小明は所詮、何人もいる大長公主の侍女の一人でしかない。そして、才人は俐家の令嬢だったが、小明は下界の端女が生んだ貧民だった。身分の差は、明らかだ。
「何をなさっていたのですか。」
 だが、もう、後宮にいるのだから、身内だのなんだのとは言っていられない。
 そういうものだから。

「小姐!」
 俐氏は登花宮に飛び込んだ。
「大変ですわ!永寧大長公主様が!」
 誰にも聞かれぬよう、細心の注意をはらいながら、そっと耳打ちする。
「妹妹!」
 我が義姉は、顔を真っ青に染めながら、俐氏の肩を掴んだ。
「それは、絶対、誰にも言ってはならないわ!特に、稜鸞に言ってしまうのも駄目よ、分かったわね!?」
 誰にも聞かれないように……。そうした筈なのに。屏風の裏で、影がゆらりと動いた気がした。

「俐霽娟。」
 俐氏はその日の夜、突然呼び出された。その相手は、旲瑓だった。何事だろうか。
「ご、ご機嫌麗しゅう………」
 丁寧に礼をする。動揺しているのを、あまり見られたくなかった。
「お前は、知ってしまったようだね。」
 旲瑓は少し暗い顔をしている。あの話は、本当だったのかもしれない。
「仕方がないことだ。」
 俐氏は後退りした。怖い。もしかしたら、処刑されてしまうのではないか、と不安でいっぱいだ。
「だから、頼む。このことは、誰にも言わないでおくれ。」
 旲瑓は頭を垂れた。この世で最も高貴な男が後宮では底辺の俐氏に頭を下げる。その光景に、俐氏は呆気にとられた。

 吉日。俐才人こと、俐霽娟は、充媛の位を与えられた。正五品から正三品への大出世だ。
 また、昭儀であった圓稜鸞も、淑儀となった。従一品。四夫人の直下の位だ。
 俐充媛については、榮皇后と親しい圓賢妃のお気に入りのため。圓淑儀については、皇子がいるから、と言うのが、表向きの理由だった。
 だが、隠された本当の意図を知る者は、いなかった。
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