恋情を乞う

乙人

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「月が、美しいわね。」
 女はそう呟きながら、独り、酒を注いだ。

 夢を見た。ある、女の。
 少女だった。先日、肖像画を見た、あの、幼い郡主様である。
 十二で降嫁したあの郡主の夢だった。

 紅い花嫁衣裳に見を包んだ少女は、親よりも歳の離れた夫に嫁ぐ。夫には、既に何人もの妾がいた。
 少女は屋敷を所有し、お気に入りの侍女達と穏やかに暮らしていた。だが、たまに会う、正妻から降格された元正妻やそれを敬う妾等とは、犬猿もただならずと言ったところであった。
 夫は、金持ちだった。
 だが、没落した。
 十五で降嫁先が没落した郡主は、父のはからいから、離縁した。夫は死亡した。
 やがて、父も死ぬ。
 郡主は孤独だった。
 その頃だっただろうか。屋敷に、可愛らしい少年が奉公にあがった。郡主よりも幾つか年下だった。
 郡主はその少年をとても可愛がっていた。側には参れぬ身分だったのを、郡主が無理矢理引き立てていた。
 少女はとても大人びていた。
 側仕えの少年を閨に引き込んでは、夜な夜な遊んでいたらしい。朝、寝台の帷に日が指す頃、誰にも気づかれぬ様、別れ。
 少女は哀れだ。幼くして、好色爺と結婚させられたのだから。大人の妾達と渡り合うのも、苦労したろう。甥や姪とは、同じ年代で、随分と舐められた扱いをされたものだ。
 それを、後悔していた。
 何故、郡主になんて生まれたのだろうと。そうでなければ、こんなに苦労しなかった。
 結婚さえ出来なかった、彼の大長公主よりはマシなのかもしれない。ただ、一度離縁されたというのは、あまり世間体の良い話ではなかった。
 娘は、一人の夫に貞淑に、そして誠心誠意仕える様に教えられる。それは、身分が高ければ顕著だ。
 だが、郡主はそれが出来なかった。
 郡主は年下の男の子を好んだ。精神をぎりぎりまで切り詰め、疲れる人生を送った彼女は、癒やしを求めたのだ。
 その後も、奉公に、年下の少年が現れるごとに、召し、寵愛していた。
 郡主の評判は良くなかった。
 郡主も、それを自覚していた。だが、やめられなかった。
 辛い過去を忘れてしまいたかった。一人は寂しかった。孤独に打ち勝てなかった。
 幾ら召しても、心は満たされなかった。

 随分と経って、独りの貴なる少年が奉公に来た。宗室とは言え、末裔でしかなく、金も無い。その為、郡主に仕えるしかなかったのだと聞いた。
 やはり、その少年は愛らしく、気量も良かった。
「月が、美しいわね。」
 そう呟く。
「郡主様は、もっと、お美しいですよ。」
 と、返す。
 世辞だと分かっていた。だが、それでも良かった。美しい唇から美しい言葉が発されるだけで、気分が良かったのだった。
 ある日、郡主邸が火事にあった。
 人々はそれを、郡主の不徳の結果だと嘲笑った。
 郡主はその場にいられなくなった。そして、その奉公の末席少年について行った。

 その後は、誰にも知られていない。
 二人には、男の子が出来る。そして、生まれてすぐに、攫われてしまった。
 その男の子成長し、今は、二十三だ。

 そして、その青年は玉座に座っていた。
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