90 / 126
憎悪、略奪 参
しおりを挟む
「大長公主様、お気を確かになさって!」
小明は呆然としている永寧を揺さぶっている。反応がない。
(そうよね、それくらいなっても、仕方がないわ………)
「何があったんですか、大長公主様!」
いきなりこうなったわけはない。つまり、なにか、理由があるはずだ。
(どうしようかしら、旲瑓に言った方が良いの?いいえ、言わない方が、なかったことに出来るわ………)
永寧大長公主は頭を抱えている。隣では、小明が、旲瑓に人を遣ろうかと悩んでいた。
「大長公主様、主上(旲瑓)に御文を出されては如何でしょうか。一人で悩むより、良いやもしれませんよ。」
そう言いながら、小明は紙と筆を手渡した。
「待ちなさい、それを、しまって。まだ、文を出そうとは、して、ない、わ。」
どこかたどたどしく台詞を言う永寧大長公主。それに、小明は不安を覚えた。
「此方です、主上様。」
永寧大長公主は寝所で休んでいる。今のうちなら、こっそりと旲瑓を呼ぶことが出来ると踏んだのだ。
「此処にいらっしゃったことは、誰も知らないのですか。」
「あまり知られない方が、姉さんのためになると思ったからね。お付きは最低限しか連れて来てはいないし、外で待たせている。」
永寧大長公主は旲瑓の叔母なのだが、今でも姉さんと呼んでいるらしい。親しい身内どうしが会うというのは、変ではないが、一応、手短に済ませたいのが実際のところだ。
「寝所は………」
「此方だよな。」
他の侍女―特に、口が軽い者―は、特別に許しをやり、早く休ませた。旲瑓が来たことがわ分かれば、大騒ぎになること間違いなしだからだ。
「慰めて差し上げて下さい………大長公主様、とても落ち込んでいらっしゃいますから………」
足音がする。永寧は怖くなった。もし襲われても、昔の様に応戦することが出来ない。しかし、此処には、誰もいない。永寧一人だ。
(誰なのよ!)
寝台の帷をきつく握りしめる。どうか、どうか、誰も来ないでくれ。頼む。
「……さん。」
声がした。小明ではない。だが、懐かしい声だ。心の奥底から、ほっこりと温かくなる。こんな感情を抱けるのは、たった、一人。
「旲瑓!」
永寧は旲瑓に勢い良く抱きついた。旲瑓は少しよろけながらも、永寧を抱きとめる。
「会いたかった、会いたかった。」
永寧はそれだけを繰り返しながら、彼の胸で泣く。
誰も、それを、咎めない。
「如何したのさ、俐小明から急ぎの文が参ってね。誰にも知られないようにして、此処まで来たのさ。」
「榮貴妃には、何も、言ってないの?」
「莉鸞に?いや、言ってない。」
旲瑓の妃で、一番嫉妬深い榮莉鸞は、嫉妬だけで、人を殺せそうだ。
因みに、誰も知っていることではないが、榮氏は嫉妬心から、娘を閉じ込めている。それは、小明や永寧は知っていたが、真実は誰の口からも話されなかった。
「大丈夫なのかい………あぁ、随分と窶れてしまったね。」
「平気よ」とは言えなかった。永寧大長公主の心の内は、それどころではなかった。
(大丈夫かしら、大長公主様。)
寝所には、永寧大長公主と旲瑓の二人きりだ。小明は遠慮して、外に控えている。
(大長公主様を、慰めて差し上げて下さいって、言ったのに。)
小明にとって、永寧大長公主は恩人だ。彼女は洛陽と名乗って、小明を拾ってくれた。そして、貧民街に住んでいたはずだったのに、いつの間にか、大長公主と云う貴なる方の侍女に成り上がった。
だから、この度、永寧大長公主を救うのは、恩返しだと思っている。永寧と旲瑓との仲を取り持つ。それくらい、容易いはずだ。
「姉さ………」
永寧を引き離そうとした時に、永寧の腹に触れた。
(え?)
少し前まで、それは大きく膨らんでいたはずだ。なのに、それがない。
「どうしたの、姉さん。」
永寧は泣いている。
「罰なのかしら。」
やっと口に出た声は、か細く、弱々しかった。
「夢に、凌氏が現れて、私の腹から何かを持って行ってしまったの。それで、起きて見れば、こうなっていたのよ。」
(凌氏………)
なんとなく、凌氏は怪しいと思っていた。
稜鸞に、凌氏が、『旲瑓が一番大切に想っている者』を尋ねたらしい。そこに、稜鸞は、『永寧大長公主様』と答えたという。
「姉さん!」
いきなり大声を出した旲瑓に、永寧大長公主は吃驚している。
「凌氏だ!」
「………でも、私、凌氏に恨まれることなんて、したかしら。まだ、声も掛けたことないのよ?」
いいや、と旲瑓は首を降る。
「榮莉鸞だ。」
「榮………貴妃…………」
暫く、永寧の頭は思考を停止していた。だが、後に考えると分かった。
榮氏は旲瑓を愛している。そして、その旲瑓が愛しているのは、永寧大長公主。
凌氏は榮氏を憎んでいる。そして、それに対する報復として、榮氏の大切な人を傷つけようとしているのだろう。
(厄介なことになりそうだ。)
小明は呆然としている永寧を揺さぶっている。反応がない。
(そうよね、それくらいなっても、仕方がないわ………)
「何があったんですか、大長公主様!」
いきなりこうなったわけはない。つまり、なにか、理由があるはずだ。
(どうしようかしら、旲瑓に言った方が良いの?いいえ、言わない方が、なかったことに出来るわ………)
永寧大長公主は頭を抱えている。隣では、小明が、旲瑓に人を遣ろうかと悩んでいた。
「大長公主様、主上(旲瑓)に御文を出されては如何でしょうか。一人で悩むより、良いやもしれませんよ。」
そう言いながら、小明は紙と筆を手渡した。
「待ちなさい、それを、しまって。まだ、文を出そうとは、して、ない、わ。」
どこかたどたどしく台詞を言う永寧大長公主。それに、小明は不安を覚えた。
「此方です、主上様。」
永寧大長公主は寝所で休んでいる。今のうちなら、こっそりと旲瑓を呼ぶことが出来ると踏んだのだ。
「此処にいらっしゃったことは、誰も知らないのですか。」
「あまり知られない方が、姉さんのためになると思ったからね。お付きは最低限しか連れて来てはいないし、外で待たせている。」
永寧大長公主は旲瑓の叔母なのだが、今でも姉さんと呼んでいるらしい。親しい身内どうしが会うというのは、変ではないが、一応、手短に済ませたいのが実際のところだ。
「寝所は………」
「此方だよな。」
他の侍女―特に、口が軽い者―は、特別に許しをやり、早く休ませた。旲瑓が来たことがわ分かれば、大騒ぎになること間違いなしだからだ。
「慰めて差し上げて下さい………大長公主様、とても落ち込んでいらっしゃいますから………」
足音がする。永寧は怖くなった。もし襲われても、昔の様に応戦することが出来ない。しかし、此処には、誰もいない。永寧一人だ。
(誰なのよ!)
寝台の帷をきつく握りしめる。どうか、どうか、誰も来ないでくれ。頼む。
「……さん。」
声がした。小明ではない。だが、懐かしい声だ。心の奥底から、ほっこりと温かくなる。こんな感情を抱けるのは、たった、一人。
「旲瑓!」
永寧は旲瑓に勢い良く抱きついた。旲瑓は少しよろけながらも、永寧を抱きとめる。
「会いたかった、会いたかった。」
永寧はそれだけを繰り返しながら、彼の胸で泣く。
誰も、それを、咎めない。
「如何したのさ、俐小明から急ぎの文が参ってね。誰にも知られないようにして、此処まで来たのさ。」
「榮貴妃には、何も、言ってないの?」
「莉鸞に?いや、言ってない。」
旲瑓の妃で、一番嫉妬深い榮莉鸞は、嫉妬だけで、人を殺せそうだ。
因みに、誰も知っていることではないが、榮氏は嫉妬心から、娘を閉じ込めている。それは、小明や永寧は知っていたが、真実は誰の口からも話されなかった。
「大丈夫なのかい………あぁ、随分と窶れてしまったね。」
「平気よ」とは言えなかった。永寧大長公主の心の内は、それどころではなかった。
(大丈夫かしら、大長公主様。)
寝所には、永寧大長公主と旲瑓の二人きりだ。小明は遠慮して、外に控えている。
(大長公主様を、慰めて差し上げて下さいって、言ったのに。)
小明にとって、永寧大長公主は恩人だ。彼女は洛陽と名乗って、小明を拾ってくれた。そして、貧民街に住んでいたはずだったのに、いつの間にか、大長公主と云う貴なる方の侍女に成り上がった。
だから、この度、永寧大長公主を救うのは、恩返しだと思っている。永寧と旲瑓との仲を取り持つ。それくらい、容易いはずだ。
「姉さ………」
永寧を引き離そうとした時に、永寧の腹に触れた。
(え?)
少し前まで、それは大きく膨らんでいたはずだ。なのに、それがない。
「どうしたの、姉さん。」
永寧は泣いている。
「罰なのかしら。」
やっと口に出た声は、か細く、弱々しかった。
「夢に、凌氏が現れて、私の腹から何かを持って行ってしまったの。それで、起きて見れば、こうなっていたのよ。」
(凌氏………)
なんとなく、凌氏は怪しいと思っていた。
稜鸞に、凌氏が、『旲瑓が一番大切に想っている者』を尋ねたらしい。そこに、稜鸞は、『永寧大長公主様』と答えたという。
「姉さん!」
いきなり大声を出した旲瑓に、永寧大長公主は吃驚している。
「凌氏だ!」
「………でも、私、凌氏に恨まれることなんて、したかしら。まだ、声も掛けたことないのよ?」
いいや、と旲瑓は首を降る。
「榮莉鸞だ。」
「榮………貴妃…………」
暫く、永寧の頭は思考を停止していた。だが、後に考えると分かった。
榮氏は旲瑓を愛している。そして、その旲瑓が愛しているのは、永寧大長公主。
凌氏は榮氏を憎んでいる。そして、それに対する報復として、榮氏の大切な人を傷つけようとしているのだろう。
(厄介なことになりそうだ。)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる