恋情を乞う

乙人

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薔薇

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「貴方様は、よく私に似ている気が致します。」
 隣に座っていた圓氏が言った。
 相変わらず目は死んでいたが、艶やかさに陰りをさし、憂いを抱いている様だ。
 失礼なのだが、一部が欠落した、白薔薇の花だった。
「何処が似ていると?」
「それは申しません。ただ、時折、貴方様は憂いを持たれたお顔をなさります。」
「………」
「これを貴方様がどうとられるかは、私は分かりませぬ。この戯言をどうなさるかは、貴方様の御心のまで。」
 圓氏はボソリと口を開いた。旲瑓は開いた口が塞がらなかった。秘め事は、バレバレだったらしい。そう、感じた。

 たとえ、どんなに悲しくとも、寂しくとも、誓った人以外に恋情を乞う等という、誠に愚かなことはしない。
 しかし、同時にそれを世間が赦してはくれないことを、重々承知している。
「幸せ者は、愚か者じゃ。」
 圓氏は涙を流した。
「私は愚か者にはなっていない…………」
 簪を髪から引き抜いて、床に落とした。
「それを喜ぶべきなのかしら……」
 思い出したのは、父だった。
 圓氏は父を、尊敬するべき人とは思わない。侮蔑の目を向けてしまうのを、やめられない。
 母は哀れな人だ。そんな父に恋焦がれて、死んで逝ったのだから。
 圓氏の実家、圓家の男達には、それぞれ、数多の妾がいる。父の愛娘達は、皆、その娘だ。
 圓氏は正妻の娘だったが、冷遇されていた。後宮に入るべく生まれたのに、その頃から、それは嫌だという反感が芽生えていた。
(変わらないもの。)
 所詮、妃嬪は妾だ。この世で一番身分の高い妾だ。
 家にいた頃と、何ら変わりのない。多くの妾達の中に埋もれて、一度も花として見られることもなく、ただ、無残に散って逝く。
妈妈おかあさまと同じ道は歩きたくない。)
 一人の人間に恋焦がれること。そして、その人間には、沢山、心を分ける人がいること。圓氏の母は、知っていながら、考えないようにしていた。
 圓氏が死のうが、代わりは幾らでも居る。それなのに、圓氏に構う必要など、無い。それ故に、待ち続けて花としての人生を儚く散らすのも愚弄なのも甚だしい。
 この後宮には、榮氏という寵姫と、永寧長公主という女が居る。ならば、自分は要らないのではないか。
 一度に、多くの人間を愛すことは難しい。主、旲瑓はそんな人だろう。
 ふと思った。
 彼が見たかったのは、圓氏の花嫁姿ではなく、永寧長公主の花嫁姿ではないか。
 笑えてきた。これを知るのは、きっと、圓氏のみ。旲瑓自身も気が付かないかもしれない。
(それくらい、分かっているだろうに。)
 天地がひっくり返っても、旲瑓は永寧長公主に、鳳冠を贈ることは出来ない。彼等は異母姉弟で、同族なのだから。
 この頃、旲瑓を哀れに思ってしまうのは、何故だろうか。
 彼はたまに、何かに飢えた目をしているのだった。
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