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光と影
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叔父叔母君や女房達は、姫君の安否を、期待出来なくなった。
姫君が失踪して、早数月。季節も秋になった。
ただ、珠寿だけが姫君に期待していて、暇を頂いて、こっそりと姫君の邸へ向かった。
さて、一方、大君の住まう対では、新品の調度や衣が揃えられていた。
大君は、お嫁に行くことになったのだ。
お嫁に行く、と言えど、形式的に、大君はずっと自邸にいるのだが。
そんな大君を見て、珠寿は姫君を忘れることが出来なかったのだ。
車が邸に着いた。そして、珠寿が見た邸と言えば、朽ちかけ、庭の草木がぼうぼうと生え茂っていた。
(こんな所に、姫様、いらっしゃるのかしら。)
と、疑問を持ち始めたが、仕方が無い。
「姫様ー!」
と、試しに叫んでみた。
「珠寿?」
珠寿は耳を疑った。微かだが、姫君の声が聞こえた気がしたのだ。
「琴乃の姫様!いらっしゃいますか?」
「私は、此処よ。奥。」
珠寿は履物を脱ぎ捨てると、言われるままに奥へ進む。
「姫様!」
鈍い色の衣を着て、髪を肩あたりで揃えた少女-姫君-が、振り返った。
「姫様、いらっしゃったのですね。嗚呼、良かった。」
珠寿は姫君にぎゅっと抱きついて、そのまま泣いた。
「何ですって?中の君を見つけたの?本当、珠寿?」
「はい、そうです。姫様の元のお邸にいらっしゃいました。」
珠寿は帰ると、すぐさま叔父叔母君に説明した。
「嗚呼、良かったわ。生きていないと思っていた。」
「本当に。」
二人は笑い、そして、泣いた。
「姫に、伝えたいことがあるの。」
「何ですか、お方様。」
少しばかり哀しそうな笑を浮かべてから、ゆっくりとした口調で告げた。
「大君の婿殿が、箏の音がお好きで。中の君は箏が得意だったでしょう?だから、ご機嫌取りに、弾いて頂きたいの。是非、此方にお連れして。」
はぁ、と珠寿は曖昧な返事をして、その場を立ち去った。
明くる日、姫君の元へ訪れた珠寿は、昨日の話を伝えた。
「大君の為に、私が?嫌よ、そんなの。」
やはりね、と珠寿は思う。
「あのことを思い出したら、そんな気には更々なれないわ。上手い女房に弾かせなさい。」
「上手ねェ。箏が。誰が弾いているのかしら。」
御簾の中から、箏の音が聞こえる。姫君が気晴らしに弾いていたのだった。
大君の女友達が数人、邸へやって来ていた。
(琴乃の小娘めが、箏を弾いているの。)
「ねぇ、誰が弾いているの、わたくし、その方に習いたいわ………ねぇ、誰か教えて頂戴よ、知っているのでしょう?」
大君は、友人が上手ねと琴乃の姫君を言ったのが、気に入らない。
「いえ、教えられないわ。あたしの女房だけれど、他人に見せられない程、醜いのよ。取り柄と言ったら、箏だけで………………」
長く響いていた箏の音がピン、と止まった。
(私が、大君どのの女房ですって、醜いですって…………?)
ショックを受けて、涙がポロポロと溢れてくる。
(私は、大君どのの僕じゃないわ。)
「姫様は、大君様の御為に、箏をお弾きになるのは、嫌だと仰られました。」
珠寿は叔父叔母君に、そう申した。
「そうなの………そう言えば、姫は何処にいたの?」
「姫様の、元のお邸に、いらっしゃいました。」
二人は、姫君の無事を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
「わたくし達を、姫の元へ連れて行って頂戴。実際に、顔を見たいの。」
叔母君がそう言うので、明くる日、車に乗って出掛けた。
「姫は、大丈夫だろうか。もし死なせたら、兄さんに申し訳ない。」
と、頭を抱えていた。
「姫様、珠寿です、参りました。」
どうぞ、と叔父君、叔母君を奥へと案内する。
「姫様………?いらっしゃいますか?お庭でしょうか。」
お探し参ります、と珠寿が立ち去ると、二人は心配になった。
(もう、戻りたくないわ。ねぇ、此処は綺麗なのに。叔父様のお邸は、何故あれ程汚れているの?)
秋になり、少し寒くなり始めているはず。しかし、姫君は構わず、庭で花-それも、曼珠沙華-を愛でている。
(白い彼岸花?)
「姫さ……………………」
珠寿が声をかけると、姫君は振り返った。が、その瞳には、光はなかった。
姫君が失踪して、早数月。季節も秋になった。
ただ、珠寿だけが姫君に期待していて、暇を頂いて、こっそりと姫君の邸へ向かった。
さて、一方、大君の住まう対では、新品の調度や衣が揃えられていた。
大君は、お嫁に行くことになったのだ。
お嫁に行く、と言えど、形式的に、大君はずっと自邸にいるのだが。
そんな大君を見て、珠寿は姫君を忘れることが出来なかったのだ。
車が邸に着いた。そして、珠寿が見た邸と言えば、朽ちかけ、庭の草木がぼうぼうと生え茂っていた。
(こんな所に、姫様、いらっしゃるのかしら。)
と、疑問を持ち始めたが、仕方が無い。
「姫様ー!」
と、試しに叫んでみた。
「珠寿?」
珠寿は耳を疑った。微かだが、姫君の声が聞こえた気がしたのだ。
「琴乃の姫様!いらっしゃいますか?」
「私は、此処よ。奥。」
珠寿は履物を脱ぎ捨てると、言われるままに奥へ進む。
「姫様!」
鈍い色の衣を着て、髪を肩あたりで揃えた少女-姫君-が、振り返った。
「姫様、いらっしゃったのですね。嗚呼、良かった。」
珠寿は姫君にぎゅっと抱きついて、そのまま泣いた。
「何ですって?中の君を見つけたの?本当、珠寿?」
「はい、そうです。姫様の元のお邸にいらっしゃいました。」
珠寿は帰ると、すぐさま叔父叔母君に説明した。
「嗚呼、良かったわ。生きていないと思っていた。」
「本当に。」
二人は笑い、そして、泣いた。
「姫に、伝えたいことがあるの。」
「何ですか、お方様。」
少しばかり哀しそうな笑を浮かべてから、ゆっくりとした口調で告げた。
「大君の婿殿が、箏の音がお好きで。中の君は箏が得意だったでしょう?だから、ご機嫌取りに、弾いて頂きたいの。是非、此方にお連れして。」
はぁ、と珠寿は曖昧な返事をして、その場を立ち去った。
明くる日、姫君の元へ訪れた珠寿は、昨日の話を伝えた。
「大君の為に、私が?嫌よ、そんなの。」
やはりね、と珠寿は思う。
「あのことを思い出したら、そんな気には更々なれないわ。上手い女房に弾かせなさい。」
「上手ねェ。箏が。誰が弾いているのかしら。」
御簾の中から、箏の音が聞こえる。姫君が気晴らしに弾いていたのだった。
大君の女友達が数人、邸へやって来ていた。
(琴乃の小娘めが、箏を弾いているの。)
「ねぇ、誰が弾いているの、わたくし、その方に習いたいわ………ねぇ、誰か教えて頂戴よ、知っているのでしょう?」
大君は、友人が上手ねと琴乃の姫君を言ったのが、気に入らない。
「いえ、教えられないわ。あたしの女房だけれど、他人に見せられない程、醜いのよ。取り柄と言ったら、箏だけで………………」
長く響いていた箏の音がピン、と止まった。
(私が、大君どのの女房ですって、醜いですって…………?)
ショックを受けて、涙がポロポロと溢れてくる。
(私は、大君どのの僕じゃないわ。)
「姫様は、大君様の御為に、箏をお弾きになるのは、嫌だと仰られました。」
珠寿は叔父叔母君に、そう申した。
「そうなの………そう言えば、姫は何処にいたの?」
「姫様の、元のお邸に、いらっしゃいました。」
二人は、姫君の無事を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
「わたくし達を、姫の元へ連れて行って頂戴。実際に、顔を見たいの。」
叔母君がそう言うので、明くる日、車に乗って出掛けた。
「姫は、大丈夫だろうか。もし死なせたら、兄さんに申し訳ない。」
と、頭を抱えていた。
「姫様、珠寿です、参りました。」
どうぞ、と叔父君、叔母君を奥へと案内する。
「姫様………?いらっしゃいますか?お庭でしょうか。」
お探し参ります、と珠寿が立ち去ると、二人は心配になった。
(もう、戻りたくないわ。ねぇ、此処は綺麗なのに。叔父様のお邸は、何故あれ程汚れているの?)
秋になり、少し寒くなり始めているはず。しかし、姫君は構わず、庭で花-それも、曼珠沙華-を愛でている。
(白い彼岸花?)
「姫さ……………………」
珠寿が声をかけると、姫君は振り返った。が、その瞳には、光はなかった。
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