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乙女

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「中の君。」
 叔母君が、姫君を、中の君(次女のこと)と呼んだ。
「如何なさいましたか?お方様。」
 代わりに珠寿が出て来て、受け答えをした。
「この間、新しいお衣裳を仕立てたの。中の君は、お気に入るかしら。」
 叔母君が連れて来た女房は、衣裳が入った箱を開けて見せた。
「此処の女房達は、華やかな衣裳を着ないのね。若いのに、残念だわ。」
 女房は、赤系の色を着ないようにしていた。姫君が、血を思い出すので、見たくないと言うからだ。
(赤…………姫様、お嫌がるだろうな。)
 そうは思えども、突っ返しては失礼なので、「姫様にお聞きして参ります」と返す。
「姫様。お方様から、お衣裳です。」
 姫君の前で、珠寿は箱の蓋を開いた。
(まぁ。如何して。)
 姫君は、直感的に、その色を嫌だと思った。
 少し顔を顰めた珠寿に、姫君は御返事を耳打ちした。
「あら、どう?珠寿。中の君は、お気に入り?」
 ニコニコとして聞いてくる叔母君を、珠寿は悲しそうに見ていた。
「有難う御座います、とても良いお衣裳です、とのことです。」
「それは、良かった。」
「ですが…………畏れ多くも、赤色は、避けて頂きたかった、とも仰られていました。」
「そう……………姫は、まだ、心の中では喪があけていないのね。分かったわ。あまり派手でない物をまた、持たせます。」
 叔母君は軽く笑っていたが、姫君は心底悲しがっていた。

「ねぇ。」
 大君は、クスクスと笑っている女房達に、声をかけた。
「どうかしたの?さっきから笑っているようだけれど。」
 琴乃の姫君の女房とは違い、此方の女房は派手で、鮮やかな衣を着ていた。
「いいえ、姫様、何でも御座いませんわ。ただ、彼処の姫君の女房達は可哀想ね、と話していたのです。」
「あちらの?あぁ、この間、お父様が引き取った娘か。」
「そうです。その女房達が私達からすると、可哀想ですの。」
「ほぅ。何故?」
 可哀想、と言っておきながら、女房達はまた笑う。
「彼処は、誰一人赤色を着てはならないそうです。それに加えて、派手で華美なものも御法度らしくて。」
「何故?若い女房だもの。少し派手なくらいが丁度いいのに。」
「彼処の姫君が襲われたのを、御存知でしょう?何でも、赤を見ると、血を思い出すというので、姫君がとても忌まれているのです。」
 此処では、誰も姫君に同情なんてしない。姫君に優しくする者は、大君に忌まれて、クビにしたからだ。
「哀れな女房達だこと。たった一人の我儘の為に、自分の全てを諦めなくてはならないなんて。」
 大君が抑揚つけてそう言うと、女房達はクスクスと笑っている。

「そう。そんなことを、大君どのは言っていたの。」
 大君達の話を盗み聞いていた女房が、姫君に告げ口した。
「そう思われていたのね。確かに、哀れだわ。私のせいね。」
 姫君は他の者を哀れに思い、同時に、自分は何て我儘なのだろう、と思った。
(ごめんなさいね………全ては、私のせいだわ。)
 大君の台詞一つ一つに傷つく、純粋な乙女である女主人を、女房達は悲しげな眼差しで見守っている。
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