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第四章

325『薬師庵』

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 懇々と眠り続けたジャクリーヌが目覚めたのは夕方に近い時刻だった。
 一時的にでも毒を取り入れた脆弱な身体は、休息を必要としたのだろう。
 度々【解析】でスキャンしていたアンナリーナは異常がないか目を光らせていた。
 老公爵は今回自分の配下に裏切られた形になって、哀しいやら腹が立つやらで憤っていた。
 ジャクリーヌが目覚めた事を知ったのは執務室で、犯罪者たちのこれからについて思いを巡らせていた時だった。

「閣下、ジャクリーヌ様がお目覚めになりました」

 筆頭執事がそう告げて、扉の横で控えている。
 その彼の顔色は悪く、今にも倒れてしまいそうに見える。

「……此度の事、お前に責任はない。
 これからも、なお一層頑張ってもらわねばならん。
 あれらの事は忘れてこれからも儂とジャクリーヌに仕えてくれ」

「寛容なお言葉、ありがとうございます」

 筆頭執事は腰を90度に折って、礼をした。


「ジャクリーヌ、具合はどうだ?」

 老公爵が寝室を訪ねると、ジャクリーヌは上体を起こして茶を飲んでいた。

「お祖父様」

「リーナ殿、容態はどうなのだ?」

「完全に解毒出来ていますので、もう問題ないかと。
 でも念のため、2~3日様子を見たいと思います。
 毒素を摂取すると肝臓を傷める事があるのですが、これは数日遅れで起きる事があるのです」

「重ね重ね、よろしく頼む。
 それと、例の件は自由にしてもらって構わない」

 筆頭執事から薬師庵の事を聞いていた老公爵は、簡単に許可をした。
 どうせ素人には無用の長物だ。


 翌日、ジャクリーヌの朝の診察を終え、アンナリーナは【薬師庵】へと向かった。
 一応、私兵のひとりが同行したが、これはアンナリーナが家探しする事への体裁を整えた形だ。

「あそこはごちゃごちゃしていて、誰も近寄りたいとは思えません。
 本当によろしいのですか?」

「公爵様が好きにしてよい、と仰って下さったのです。
 あなたも退屈でしょうが、よろしくお願いします」

 私兵ジョンソンにとって、アンナリーナは娘と言ってもよい年頃だ。
 その少女が秘薬を製造し、貴重な解毒魔法を操るとは、真、人は見かけによらぬもの。

「私はこれから、廃棄物、私物、薬学関係のものに選別していきます。
 この家を空にするまで続けますので」

 早速、セトが空の木箱をいくつも取り出し始めた。もちろんアイテムボックスから。

「まずは台所から始めましょうか」


 台所にあった調理器具や食器は希望者に無償で提供される。
 食材は私兵たち用の食堂に運ばれた。
 ヤーコブの私物は衣類や雑貨に分けられて箱に入れられたが、これは公爵家では引き取り手はないだろう。
 領都の古着屋や古物商に売られる事になる。
 昨年亡くなった老薬師の部屋のものは何一つ取りこぼすつもりはない。
 幸い、ヤーコブも手を付けていなかったようで、まるで今さっきまでそこで生活していたようだ。

 ここでもアンナリーナは衣類とその他に分けて荷造りしていった。
 そしていっぱいになるとジョンソンにことわってインベントリに収納していく。
 雑貨やゴミ箱に入っていた書き損じすらも箱に入れていった。

「薬師殿、どうしてそんなものまで取り置くのですか?」

「ああ、そうね。
 普通の人には凄く変に見えるわね。
 ……私たち薬師はちょっとした事を思いついてもメモする習性があるのよ。
 今回は製作者がいないでしょう?
 だからどんな小さなものでも保存しておくの」

 この後に入った調薬室では、埃のひとかけらまで収集した事に、ジョンソンは舌を巻いた。
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