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第四章
172『第一日目』
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その空き地は本当にこじんまりとしていた。
注意していないと見過ごしてしまうような、そのちょっとした空き地は、しばらくの間立ち寄るものがいなかったのだろう。木立の枝が茂りただでさえ狭い空き地はさらに面積を狭め、ようやく馬車を留める事が出来るほどだった。
エピオルスから降りたアンナリーナは、まず簡易魔導コンロを設置した。
周りでは護衛たちが枝を払っている。
手早く作業台や鍋を取り出し【ウォーター】と【加温】で鍋に湯を満たすと、乾燥野菜と刻んだベーコンを入れて火にかける。
この場ではテーブルはおろか椅子すら出す事が出来ないため、昼食は立ったまま、もしくは馬車に腰掛けて摂る事になる。
アンナリーナはスープを煮ながら、厚めの食パンでローストビーフや炒めた薄切り肉、スモークチキンをマヨネーズで和えたものに野菜を加えて挟み、半分に切った大ぶりのサンドイッチ(耳つき)を紙で包んだもの、を作業台の上にどんどん出していった。
【時短】で煮上げたスープはあっという間に野菜がトロトロになり、仕上げの味付けは塩のみ。
それを、先日購入したホーローの大型マグカップに注ぎ、スプーンとともにひとりひとりに渡していく。
「スープもサンドイッチもたっぷりありますから、おかわり自由ですよ」
てっきりいつもの硬いパンと干し肉だと思っていた男たちは、鍋から漂ってきた胃を疼かせる匂いに居ても立っても居られない。
その上、おかわり自由と言われれば目の奥が熱くなってくる。
「美味い!!
このスープ、普通と違う!」
早速、マグカップに口をつけたサリトナーが叫ぶ。
アンナリーナはふふんと微笑んだ。
……さもありなん、乾燥野菜にはオークの骨を煮出した出汁、いわゆる豚骨スープをフリーズドライにしてまぶしてある。
これがベーコンから出る出汁と絡み合って、とても美味しく仕上がっているのだ。
「俺、朝食ってないから、腹ペコだったんだ」
ダンという、見た目護衛の中で一番若く見える男がとても行儀がよいとは言えない様子でがっついている。
「かわいそうに、お腹が空いていたのねえ。
冒険者は体が資本なんだからちゃんと朝から食べなきゃダメだよ」
元々胃袋を掴まれていた、元隊商の護衛たちはアンナリーナに惚れそうである。
興味津々だったマルセルに、エピオルスに乗ってみるか?と聞けば二つ返事で了承してきた。
だからアンナリーナは今、馬車の中だ。
一応雇い主であるバルトリとふたり、並んで座っている。
「リーナ殿には色々尋ねたい事が山盛りだな」
「何でしょうか?
差し支えない事ならお答えしますよ」
「あの襲撃のときの、私の状態だが……」
「ぶっちゃけますと、相当ヤバかったですよ」
アンナリーナの笑顔の、その目が笑っていない。
「私がポーションだけでなく、奥の手を使わなくてはならないほど重傷……いえ、重体でした。
本当に、細糸一本で繋がった命、大切にして下さいね」
バルトリは言葉にならなかった。
この “ 奥の手 ”と言うのはひょっとしてアレではないのか?
彼は喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
これ以上は絶対に口にしてはいけない、そう言うことなのだ。
これが表沙汰になれば彼女を手に入れようと各国の王族が暗躍するだろう。
今でも貴重な【錬金薬師】なのだ。
「完全に治癒しているはずですが……大丈夫ですよね?」
今さらな疑問なのだがバルトリは笑った。
「それがリーナ殿、長年悩まされていた腰痛が治ったのですよ」
「おお! それは良かったです!」
ピリリと緊張した雰囲気が解けて、この後は楽しい旅の話へと移っていった。
注意していないと見過ごしてしまうような、そのちょっとした空き地は、しばらくの間立ち寄るものがいなかったのだろう。木立の枝が茂りただでさえ狭い空き地はさらに面積を狭め、ようやく馬車を留める事が出来るほどだった。
エピオルスから降りたアンナリーナは、まず簡易魔導コンロを設置した。
周りでは護衛たちが枝を払っている。
手早く作業台や鍋を取り出し【ウォーター】と【加温】で鍋に湯を満たすと、乾燥野菜と刻んだベーコンを入れて火にかける。
この場ではテーブルはおろか椅子すら出す事が出来ないため、昼食は立ったまま、もしくは馬車に腰掛けて摂る事になる。
アンナリーナはスープを煮ながら、厚めの食パンでローストビーフや炒めた薄切り肉、スモークチキンをマヨネーズで和えたものに野菜を加えて挟み、半分に切った大ぶりのサンドイッチ(耳つき)を紙で包んだもの、を作業台の上にどんどん出していった。
【時短】で煮上げたスープはあっという間に野菜がトロトロになり、仕上げの味付けは塩のみ。
それを、先日購入したホーローの大型マグカップに注ぎ、スプーンとともにひとりひとりに渡していく。
「スープもサンドイッチもたっぷりありますから、おかわり自由ですよ」
てっきりいつもの硬いパンと干し肉だと思っていた男たちは、鍋から漂ってきた胃を疼かせる匂いに居ても立っても居られない。
その上、おかわり自由と言われれば目の奥が熱くなってくる。
「美味い!!
このスープ、普通と違う!」
早速、マグカップに口をつけたサリトナーが叫ぶ。
アンナリーナはふふんと微笑んだ。
……さもありなん、乾燥野菜にはオークの骨を煮出した出汁、いわゆる豚骨スープをフリーズドライにしてまぶしてある。
これがベーコンから出る出汁と絡み合って、とても美味しく仕上がっているのだ。
「俺、朝食ってないから、腹ペコだったんだ」
ダンという、見た目護衛の中で一番若く見える男がとても行儀がよいとは言えない様子でがっついている。
「かわいそうに、お腹が空いていたのねえ。
冒険者は体が資本なんだからちゃんと朝から食べなきゃダメだよ」
元々胃袋を掴まれていた、元隊商の護衛たちはアンナリーナに惚れそうである。
興味津々だったマルセルに、エピオルスに乗ってみるか?と聞けば二つ返事で了承してきた。
だからアンナリーナは今、馬車の中だ。
一応雇い主であるバルトリとふたり、並んで座っている。
「リーナ殿には色々尋ねたい事が山盛りだな」
「何でしょうか?
差し支えない事ならお答えしますよ」
「あの襲撃のときの、私の状態だが……」
「ぶっちゃけますと、相当ヤバかったですよ」
アンナリーナの笑顔の、その目が笑っていない。
「私がポーションだけでなく、奥の手を使わなくてはならないほど重傷……いえ、重体でした。
本当に、細糸一本で繋がった命、大切にして下さいね」
バルトリは言葉にならなかった。
この “ 奥の手 ”と言うのはひょっとしてアレではないのか?
彼は喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
これ以上は絶対に口にしてはいけない、そう言うことなのだ。
これが表沙汰になれば彼女を手に入れようと各国の王族が暗躍するだろう。
今でも貴重な【錬金薬師】なのだ。
「完全に治癒しているはずですが……大丈夫ですよね?」
今さらな疑問なのだがバルトリは笑った。
「それがリーナ殿、長年悩まされていた腰痛が治ったのですよ」
「おお! それは良かったです!」
ピリリと緊張した雰囲気が解けて、この後は楽しい旅の話へと移っていった。
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