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第四章
48『【劣化版アムリタ】の力』
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ガムリはゆっくりと瞼を開けた。
薄暗い中、ぼんやりと周りが見える。
彼は黙って、焦点を合わそうと視線を定めていた。
「どう? 見える?」
出来立てホヤホヤの眼球は、幼児並みの視野しかないようだ。
ガムリは声がした方に顔を向け、そこに人物を2人、認識した。
1人は少女、もう1人は成人した女性のようだ。
「まだ、はっきりしないが……見える」
信じられない事だった。
あの時、完全な悪意と共に迫ってきた坩堝をつまむハサミが、その目が捉えた最期のものだった。
眼球が潰れる瞬間の感触すら覚えている。
もう一方の目は、先に斬りつけられていて、痛みと熱さと溢れ出る血で、すでに視力はなかった。
「これは……それに、俺の手!!」
ぼんやりとしか見えないが、潰れて最早手の形状を呈していなかった手が動き、形も問題ない。
「ありがとう……ありがとうございます」
ポロポロと涙を流し、丸めの身体をさらに丸めて、治った手を抱きしめている。
「うんうん、涙も出るね。
多分、機能的には問題ないと思うけど、慣らすためにしばらくこのまま、このテントで過してくれるかな?」
「はい、あの……俺」
「細かい事はあとにするけど……
まず、知ってもらいたいのは、私たちは今日明日にはランブエールから出て行くって事。
ガムリは今、町から遠く離れたところにいるので安全なんだけど、悪いけどあなたが住んでいた家とか……少しでも疑われる事はしたくないんだ」
この少女の言い分はもっともだ。
恐らくガムリを襲ったものたちは、彼の家も荒らしている事だろう。
ひょっとしたら……
「大事にしているものとか、仕事の道具とか……悪いけど諦めてくれるかな?」
「それは……
もう最初から諦めています。
この命が助かっただけでもう」
「ごめんね。
私たちもなるべく人目につきたくないの。あなたとの関係を勘ぐられたりしたら、面白くないもの」
俯いてしまったガムリの手を取って、自分の手を重ねるアンナリーナ。
「とりあえずこの薬湯を飲んで、眠ってて。ポーションで無理矢理再生してるから生命力が落ちてると思うの」
【劣化版アムリタ】は、その絶大な効果に比例して身体に負担をかける。
先ほどガムリの体力値を鑑定したところ一割を切っていた。
「アラーニェ、あとはお願いね」
アンナリーナは宿に戻っていく。
「リーナさん、ちょうどよかった」
テントから顔を出すとそこにはタイニスの従者がいた。
「これから馬車を引き出して荷を積み込みます。昼前には出発出来そうですよ」
思ったよりも順調に進んだようだ。
「では、お昼ごはんはどうしましょう?」
「何か、馬車のなかでも食べられるものを、これから用意出来ますか?」
アンナリーナのアイテムバッグの中には、いつでも食べられるように何食分かのサンドイッチが常備されている。
「大丈夫です。
では私のテントも片付けますね」
触れるだけでアイテムバッグに収まる、そのさまは何度見ても慣れないものだ。
「うふふ、魔力値の高い魔術士が見つかったらいいですね」
「あなたは……薬師だったのですね」
今まで、仕事に関する事以外口を開かなかった従者が、珍しく話題を振ってくる。
「隠しているつもりはなかったのだけど……知ってらっしゃると思ってました」
アンナリーナが薬師だという事はギルドカードに記載してある。
直接見る事は無くても、ギルド側から周知されていると思っていたのだ。
「私は知っていましたよ、従者さん。
あなたはただの従者ではなくて、タイニスさんの息子さんでしょう?
お父様に付いて修行中でしょうか?」
「どうして、そのことを?
副ギルドマスター以外、知らない筈だが」
「内緒です」
うふふ、と笑うアンナリーナの笑顔が眩しかった。
「僕はオクタビオ、タイニスの3男です」
「よろしく、オクタビオさん。
これから何かと取り引きがあるかと思いますが、よろしく」
薄暗い中、ぼんやりと周りが見える。
彼は黙って、焦点を合わそうと視線を定めていた。
「どう? 見える?」
出来立てホヤホヤの眼球は、幼児並みの視野しかないようだ。
ガムリは声がした方に顔を向け、そこに人物を2人、認識した。
1人は少女、もう1人は成人した女性のようだ。
「まだ、はっきりしないが……見える」
信じられない事だった。
あの時、完全な悪意と共に迫ってきた坩堝をつまむハサミが、その目が捉えた最期のものだった。
眼球が潰れる瞬間の感触すら覚えている。
もう一方の目は、先に斬りつけられていて、痛みと熱さと溢れ出る血で、すでに視力はなかった。
「これは……それに、俺の手!!」
ぼんやりとしか見えないが、潰れて最早手の形状を呈していなかった手が動き、形も問題ない。
「ありがとう……ありがとうございます」
ポロポロと涙を流し、丸めの身体をさらに丸めて、治った手を抱きしめている。
「うんうん、涙も出るね。
多分、機能的には問題ないと思うけど、慣らすためにしばらくこのまま、このテントで過してくれるかな?」
「はい、あの……俺」
「細かい事はあとにするけど……
まず、知ってもらいたいのは、私たちは今日明日にはランブエールから出て行くって事。
ガムリは今、町から遠く離れたところにいるので安全なんだけど、悪いけどあなたが住んでいた家とか……少しでも疑われる事はしたくないんだ」
この少女の言い分はもっともだ。
恐らくガムリを襲ったものたちは、彼の家も荒らしている事だろう。
ひょっとしたら……
「大事にしているものとか、仕事の道具とか……悪いけど諦めてくれるかな?」
「それは……
もう最初から諦めています。
この命が助かっただけでもう」
「ごめんね。
私たちもなるべく人目につきたくないの。あなたとの関係を勘ぐられたりしたら、面白くないもの」
俯いてしまったガムリの手を取って、自分の手を重ねるアンナリーナ。
「とりあえずこの薬湯を飲んで、眠ってて。ポーションで無理矢理再生してるから生命力が落ちてると思うの」
【劣化版アムリタ】は、その絶大な効果に比例して身体に負担をかける。
先ほどガムリの体力値を鑑定したところ一割を切っていた。
「アラーニェ、あとはお願いね」
アンナリーナは宿に戻っていく。
「リーナさん、ちょうどよかった」
テントから顔を出すとそこにはタイニスの従者がいた。
「これから馬車を引き出して荷を積み込みます。昼前には出発出来そうですよ」
思ったよりも順調に進んだようだ。
「では、お昼ごはんはどうしましょう?」
「何か、馬車のなかでも食べられるものを、これから用意出来ますか?」
アンナリーナのアイテムバッグの中には、いつでも食べられるように何食分かのサンドイッチが常備されている。
「大丈夫です。
では私のテントも片付けますね」
触れるだけでアイテムバッグに収まる、そのさまは何度見ても慣れないものだ。
「うふふ、魔力値の高い魔術士が見つかったらいいですね」
「あなたは……薬師だったのですね」
今まで、仕事に関する事以外口を開かなかった従者が、珍しく話題を振ってくる。
「隠しているつもりはなかったのだけど……知ってらっしゃると思ってました」
アンナリーナが薬師だという事はギルドカードに記載してある。
直接見る事は無くても、ギルド側から周知されていると思っていたのだ。
「私は知っていましたよ、従者さん。
あなたはただの従者ではなくて、タイニスさんの息子さんでしょう?
お父様に付いて修行中でしょうか?」
「どうして、そのことを?
副ギルドマスター以外、知らない筈だが」
「内緒です」
うふふ、と笑うアンナリーナの笑顔が眩しかった。
「僕はオクタビオ、タイニスの3男です」
「よろしく、オクタビオさん。
これから何かと取り引きがあるかと思いますが、よろしく」
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