上 下
281 / 577
第四章

41『屈服』

しおりを挟む
 テオドールの言葉に頷いたアルバインらは、一歩後ろに下がる。

「この結界は、一度外に出ると戻れなくなるようになってる。
 くれぐれも気をつけてくれ。
 それと、俺ら全員が下手を打つ事は、ないと思うが、あんたらは依頼主の側に控えていてくれ」

 これは、完全に足手まといになるアルバインらに対する牽制の意味合いがある。

「わかった。
 俺らはタイニスの馬車の外で見張っている。テオドール、無茶はするなよ」

 無茶どころか、一匹も回ってこない可能性の方が高そうだ。
 テオドールが口角をあげる。

「あんたらも絶対に出て来んじゃねぇぜ」



 一方、黒狼の群れを迎え討ったセトとイジは、着々とその数を減らしていた。
 いくら多勢と言えど、所詮は狼の魔獣である。
 森狼と比べると2倍近い個体もいるが、セトやイジの相手になるべくもない。イジの大剣が一閃するだけで首が落ち、セトの魔法で胴体から首がさよならする。
 アンナリーナと言えば上空から降りてきて、群れのボスと対峙していた。

 白銀の毛並みの美しい、体長3m以上ある狼。
 アンナリーナは【鑑定】する。

 フェンリル(狼種最上位、雄)
 体力値 5380
 魔力値 3795


「フェンリルなのか……」

 アンナリーナの前世でのファンタジー小説の世界観では、フェンリルというのは北欧神話をルーツとした神獣であった。だが今世では、フェンリルと言えども魔獣であり、A級の討伐対象である。

「殺っちゃうのは少し惜しいよね」

 しかし手抜きできる相手でもない。
 アンナリーナは少しずつ魔力を乗せて、威圧をかけていった。

 膨大な魔力と身体の自由を奪う圧に、フェンリルは生まれて初めて恐慌を来していた。
 本来、呆気ないほど弱々しい人間の、恐怖しか感じられないその姿に、彼の腹はついに地面に押し付けられる。

『怖い、怖い、死にたくない』

 今まで数多の魔獣や人間を屠ってきたフェンリルが、キャンキャンと悲鳴をあげている。
 そして、残存している力を振り絞って身体を反転させたのだ。

 王都の東部に広がる、魔獣の棲む森に何十年も君臨してきたフェンリルが、他者に対して腹を見せた。
 そのままキャンキャンと鳴き続けているのを見て、アンナリーナは首を傾げた。

「ねえ、ナビ。あれは何をしているのかな?」

「結論から言えば、命乞いですね。
 自分より上位のものに屈服しているのです」

「命乞いって言ってもねぇ」

 アンナリーナは少しだけ圧を弱めた。

「主人様、この際ですので【ティム】を試してみられてはいかがですか?」

 アンナリーナは今まで、従魔たちの平常時に契約を結んで来たが、本来【ティム】とはポケ○ンのように相手を弱らせ屈服させて主従契約を結ぶものだ。

 圧は弱め、だが魔力はさらに強めてフェンリルを襲う。
 腹を上にして動けなくなったフェンリルは、か細い声で鳴き続けている。

「もしあなたが、私に【ティム】されるつもりがあるのなら……命を助けてあげましょう。どうします?」

 弱者が強者に従うのは自然界では当然のこと。
 フェンリルは地に伏せ、頭を下げた。



 セトとイジが、あっという間に処分した黒狼は全部で47匹。
 2人はどうにか、すべての骸を回収し終わると、もうすでにアンナリーナが向かっている野営地を目指して歩き出した。

「テオドール殿にももう少し見せ場を作ってあげた方がよかっただろうか」

 イジが真面目に考えている。

「2~3匹は回したと思うが、どうだろう」

「それよりご主人様はまた拾い物をなさったようだ」

 自分たちも同じようなものなので、異論はないのだが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉の代わりでしかない私

下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。 リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。 アルファポリス様でも投稿しています。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

【完結】はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話【R18】

ケロリビ堂
恋愛
 万年はらぺこのおぼこサキュバス、シルキィが美しく性欲の強い男エルフ、レイモンドと一夜のあやまちで淫紋を用いたサキュバスの契約をしてしまう。その日からレイモンドのダンジョンマッピングの仕事を手伝いながら性欲処理の相手として一緒にダンジョンに潜ることになったシルキィだが、エルフらしくなく人間臭いレイモンドに惹かれていく。レイモンドの中でもまた、シルキィの存在は大きくなっていくが……。(ムーンライトノベルにも投稿している作品です)

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

もふもふと一緒 〜俺は狙われているみたいだ〜

コプラ
BL
俺はもふもふの世界に住んでいる。獰猛系のもふもふなので、俺は常に身の危険を感じているんだ。俺たちの祖先の血筋がもふもふしてるせいで、性格や行動、体格がそれに左右はされると言うおまけつき。 俺がこの世界に違和感を持つのは前世の記憶のせいだ。小さい頃は妙に動物的だと思っていたけど、姉に発情期が来てトラウマになった。俺は発情期怖すぎてこっそり薬飲んでるんだ。でも、俺につきまとう奴らが何か最近不穏なんだよな。俺の発情期、待ってるみたいでさ。 違和感を感じながら学園生活をしている高2の雪弥は、発情期の不安を抱えながら、友人達に守られつつも狙われて、毎日を過ごしている。雪弥には誰にも言ってない秘密がいくつかあって…。発情期が無事終わっても更なる問題勃発で⁉︎ 希少種のせいもあって、美人過ぎるが、中身は案外男らしい雪弥。美人に寄って来る有象無象のせいで表情筋が死んでる雪弥が、発情期が終わった途端デレ甘に⁉︎周囲を翻弄する雪弥だった。発情期やマーキングから逃れられない獣人を先祖に持つ俺たちの青春学園物語。

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

紫楼
ファンタジー
 酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。  私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!    辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!  食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。  もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?  もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。  両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?    いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。    主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。  倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。    小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。  描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。  タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。  多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。  カクヨム様にも載せてます。

処理中です...