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第三章

130『緊急治療』

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 御者台から飛び降りたアンナリーナが一目散に駆けた先は、血まみれで横たわっている男の元だった。

「ごめんなさい、そこを退いて下さい!」

 白に近いクリーム色の、フードや袷、そして裾を廻る、一周に施された白い毛皮が汚れるのも厭わずに、男の横に膝をついたアンナリーナは【解析】をかけながら、今まで女が押さえていた場所の布をそっと持ち上げた。

「血が、血が止まらないの!」

 泣きながら取り乱す女はリーダーによってその場から離され、アンナリーナは指先から魔力水を出して傷を洗っていく。

「とりあえず、太い血管は無事のようね。傷のわりには内臓も傷ついてないし……でも、ずいぶん血を失っているわね。
 ああ、肋骨が折れてる」

 下手に動かすと、折れた肋骨で血管や肺が傷つく恐れがある。
 アンナリーナはまず、腰のウエストポーチから中級ポーションCを取り出し、傷口から染み込ませるように注いでいく。

『やっぱり不安定ね……
 肋骨を固定して【回復】もう一度【回復】これで状態は安定するわね』

 あとは2本目のポーションを使って傷を洗っていく。
 浅い傷ならそれだけで塞がっていく様子を見て、リーダーは眼を丸くした。

「お兄さん、聞こえる?
 返事も、眼も開けなくてもいいから、これを飲んで。
 ゆっくりでいいから……そう。
 上手だよ」

 アンナリーナの手でわずかに持ち上げられた上体が、ポーションが喉を通るたびに震える。

「さあ、もう一本。
 これを飲み終わったら、少し楽になるよ」

 そこでアンナリーナは、合図してテオドールを呼んだ。

「熊さん、この人はあとしばらく動かさない方がいいよ。
 ちょっとあっちの人と話してきてくれるかな?」

 アンナリーナの言わんとした事がわかったのだろう。
 テオドールは、戦斧を担いではいるがおっとりとした雰囲気でリーダーの元に向かう。

「お兄さん、ほら、もう一本飲んで。
 そのあと、他のところも見るね」

 かなり意識がはっきりしてきた男が、しっかりと頷く。


「あんたたち、野営の時はどうしてるんだ?
 この季節だ……テントのひと張りくらい持ってるんだろう?」

「あ、ああ、ある。あります」

「それなら急いで張れ。
 あいつは、今は動かせない、わかるな?」

「はいっ!」

 魔獣……森狼が襲ってきたときに放り出したのだろう荷物を、女が集めて回っている。
 先ほど揉めていた女はロープで縛られ、ご丁寧に猿轡まで噛ませてある。
 そしてリーダーは女の首に魔力封じの首輪を嵌めた。

「すまない、ジョーンズを助けてくれてありがとう。
 リーダー、俺も手伝うよ」

 テオドールの目から見て、リーダーはかろうじて20代半ば、後の連中は20才にも程遠い、今アンナリーナの前に横たわっている男など、彼女と大して変わらない年ではなかろうか。

「とりあえず、今夜はここから動かない方がいいだろう。
 まだ陽は高いが、野営の準備をした方がいい」


 その頃アンナリーナは念話でイジと連絡をとっていた。

『イジ、汚れてもいい毛皮を2~3枚持ってきて』

 アンナリーナの命を受けてしばらくすると馬車のドアが開き、イジが顔を出した。
 ゆっくりした歩みで近寄ってくる、体長2mを超えるグレーオーガを見て、アンナリーナとテオドール以外は警戒して剣に手をかける。

「この子は私の従魔でイジと言います。危害は加えませんから安心して下さい。
 イジ、この人をなるべく動かさないようにテントに連れて行ってあげて。
 え~っと、着替えはどこにあります?」

 それからアンナリーナは、ジョーンズと呼ばれた彼の汚れた衣服を脱がし、比較的軽くて後回しになっていた傷の手当てをした。
 そのあと清潔な服を着せ、増血の為の丸薬と痛み止めを飲ませて毛皮で包む。
 痛み止めに入っていた眠気を誘う成分が効いてきて、ジョーンズはすぐに眠りについた。

「さて、と。
 やっと懐かしい奴との再会を、楽しむことにしましょうか」

 アンナリーナはついぞ見せない禍々しい笑みを浮かべて、テントから出て行く。

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