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第三章

105『緊急避難』

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「熊さん!
 すぐに濡れた衣服を脱がせて!」

 アンナリーナはまず、馬車を中心に十分な余裕を持って結界を張った。
 そしてテントを自分たちのと、エメラルダに売ったものと同じタイプのものを出した。そこに魔導ストーブを出し、以前【異世界買物】で買っていたパイプベッド、マットレス、二枚重ねマイヤー毛布を2枚、羊毛掛け布団を取り出した。

「熊さん、早くこっちに運んできて!」

 ボリスの冷え切った服を脱がすように指示し、下着姿の彼を毛布で包むようにしてベッドに寝かせる。
 もう一台、魔導ストーブを出して、それからぶどう酒を取り出し【加温】する。

「これを、ボリスさんを何とか起こして飲ませてあげて。
 熱いから気をつけてね!」

 陶器のマグカップと共に押し付けて、アンナリーナは湯たんぽを取り出した。

「【ウォーター】【加温】」

 煮えたつほどの湯を湯たんぽに注いで蓋を閉める。
 そしてバスタオルで包み、紐でぐるぐる巻きにする。
 それをボリスの足元に押し込んだ。

「あー、とりあえずこんなもんかな」

 アンナリーナが一息ついた時、ダージェがおずおずと声をかけてきた。

「リーナちゃん、俺は未だに何がどうなっていたのかわからないが……それでもボリスが危なかったというのはわかる。
 奴を助けてくれてありがとう」

「はい、当面の危機は過ぎ去ったけど……数日様子を見ないと全快とは言えません」

 ダージェは顔色を変えた。
 付き合いの長い、御者のボリスは最早家族と言ってもいい。

「そんなに悪いのか……」

 彼はこんな真冬に仕事を受けた事を、心底悔やんでいた。

「身体の熱が奪われる病気です。
 これが進んだものが凍死です」

 ダージェが息を呑む。

「大丈夫ですよ。
 でも、また寒さの厳しい中を行くので少し慎重にしましょう」

 ダージェにもテントの中に入るように言うと、アンナリーナは洞窟の入り口に向かった。

「【天候予測】」

 頭の中に浮かんだ文字はまるで前世の気象情報のようだ。

『北北東の風20m、最大風速25m強
 吹雪、最高気温0℃、最低気温マイナス20℃、現在の外気温マイナス10℃、現在所の気温5℃』

「便利だけど、知ってしまうと怖いものもあるわね」

『主人様、天候には勝てませんよ』

「そうだね。
 まあ、こんなふうにわかるのなら、もっと早くから使った方が良かったね」

 アンナリーナは踵を返し、皆の元に戻っていく。
 その顔つきは厳しかった。



「ボリスさん!
 目が覚めたんですね。よかった!!」

 アンナリーナがテントに戻ると、身を起こしたボリスが2杯目のぶどう酒を飲んでいるところだった。

「リーナちゃん、ありがとう。
 おまえさんが助けてくれたんだってな」

「私は対処の方法を知ってただけ。
 それよりもダージェさん、ちょっと」

 アンナリーナは外の状況を話してみせた。
 そしてボリスに聞いてみる。

「このあたりはいつもこんなに、天気が荒れるのですか?」

「ああ、だからこの一帯には人が住まないんだ」

「異常に気温が低いのですが、最寄りの村や町に影響は?」

 前世でも、極地に住む種族は先史時代からいたことがわかっている。
 それなりの装備と食料さえあれば生きていけるのだ。

「何年……いや、何十年に一度、すべてを凍りつかせる “ 冬 ”がやって来る事がある。
 人間が生きたまま凍ってしまう事もあると聞いた」

 マイナス50℃を下回る気温になる可能性があると言う事なのか。
 アンナリーナは洞窟の外、すでに闇が迫ってきている空を見つめた。

 とりあえず、結界はこの洞窟のホール状になっている部分すべてに広げた。
 チラリと探査した結果、脅威になるものはなさそうだ。
 そして馬たちの近くにも魔導ストーブを置いて、彼らが凍えないようにする。

「馬の世話もしなくちゃね。
 熊さんだけでは大変だから、イジを連れて来るよ。待ってて」

 アンナリーナは自分のテント経由でツリーハウスからイジを連れて来た。
 本来、馬たちは魔獣であるオーガに怯えるのだが、ここ数日の付き合いで、すでに身体を触らせるほどに慣れている。
 4頭の馬の世話を2人に任せ、足元の敷藁と、飼葉と水を用意してアンナリーナはダージェたちの元に戻った。

「さて、今夜の献立はどうしようかしら」

 身体を温めるために熱々の汁物は欠かせない。
 ここは保温効果のある、とろみのついたシチューが良いだろう。
【異世界買物】で買っていたコーンクリームシチューのルーを3箱取り出す。
 あらかじめ作り置いていたあっさりシチューにルーを割り入れ、ミルクで割る。
 そうすると、大きめ野菜とハムのコーンクリームシチューの出来上がり。
 バターをたっぷり練りこんだ捻りパンと、オーソドックスなポテトサラダ。
 かぼちゃの甘露煮や、茹でたて熱々のブロッコリーとカリフラワーとロマネスコの辛子マヨネーズドレッシング、など。
 野菜も身体を冷やさないよう、気をつけた。
 いつものテーブルに料理を広げ、火を絞った魔導コンロにシチューの鍋をかけて、食事が始まる。

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