上 下
127 / 577
第三章

20『イジ』

しおりを挟む
 ゴブリンの村では、彼は常に最下位に位置していた。
 強者が上位に立つ、ある意味人間社会よりシビアな人型魔獣の世界。
 弱肉強食は当たり前、ゴブリンは同じ種族を共喰いしないが、弱者はどんどん切り捨てていく。

 腕っ節も強くなく、特別な技術も持たない彼は、本当は今日死ぬはずだった。
 突然始まった私刑は、まず彼の唯一の取り柄と言える目を片方奪った。
 それからは嬲り殺しまで一直線。
 かろうじて意識があり、痛みも感じる、一番残酷な時間がもうすぐ終わる……その時。


「ゴブリンさん、あなた……生きたい?」

 人間の、女の声が聞こえてきて、だがもう頷くこともできなくて、かろうじて瞳を動かすと……

 助けてくれたのは人間の女の子。
 彼女は今日から “ ご主人様 ”となる。



 アンナリーナはしばらく考えて、北欧神話より名を選んだ。

「汝はこの私アンナリーナと契約し、従魔となることを誓うか?」

「ギャァ」

 返事をして頷いたゴブリンの、たったひとつの目は期待に輝いている。

「あなたの名前はイジ。
 ある世界の神話に出てくる巨人の名前だよ」

『オレになまえ?』

「そうだよ、あなたは今日からイジ。
 イジ、ようこそ」

 イジがギョッとしてアンナリーナを見る。

「従魔契約を結んだら “ 念話 ”で話せるようになるの。
 だからイジも伝えたいことがあったら話しかけて?」

『ごしゅじんさま』

「なあに?」

『いのちを助けてくれて、ありがとう』

「いいえ、どういたしまして。
 これからみんなで楽しく暮らしていきましょう。
 私はこれからあちらに戻るけど、イジはゆっくりしていてくれたらいいから」

『はい』

 そこにふよふよとアマルが近づいてきた。

「ギャ!!」

 イジが飛び退り、顔の前で腕を交差させ防御の姿勢を取る。

「ああ、イジ、ごめん。
 大丈夫よ。アマルはあなたと一緒、仲間なの」

 しげしげと見つめ合うイジとアマル。
 アマルの方が先には触手を持ち上げ、握手を求めるように差し出した。
 イジも恐る恐る手を伸ばす。

「はじめまして、の挨拶だね」

 2匹は握手をして、そしてアマルがその場を離れていく。

「アマル、イジをお願いできる?
 私は一度、女将さんたちに顔を見せて、それから戻ってくるよ」

 心細そうにアンナリーナを見送って、所在無げに周りを見回していると、アマルが盆を捧げ持って戻ってきた。
 水差しと杯、そしてアンナリーナが焼いたソフトクッキーを机に並べる。
 イジは初めは何のことかわからずポカンとしていたが、アマルが杯に水を注ぎ、クッキーを口許に近づけられてはじめてその意図を理解した。

 それこそ手が震える。
 促されるまま口を開けると、そのままアマルに口の中に放り込まれた。

「!!」

 森で舐めたことのある、蜂の蜜ほども甘いもの。
 イジは夢中で貪り食った。
 間に水を飲み……これも美味い水だ。

 暖かい服に美味しい食べ物。
 イジは幸せを噛み締めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

七瀬美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!

中野莉央
ファンタジー
将来の夢はケーキ屋さん。そんな、どこにでもいるような学生は交通事故で死んだ後、異世界の子爵令嬢セリナとして生まれ変わっていた。学園卒業時に婚約者だった侯爵家の子息から婚約破棄を言い渡され、伯爵令嬢フローラに婚約者を奪われる形となったセリナはその後、諸事情で双子の猫耳メイドとパティスリー経営をはじめる事になり、不動産屋、魔道具屋、熊獣人、銀狼獣人の冒険者などと関わっていく。 ※パティスリーの開店準備が始まるのが71話から。パティスリー開店が122話からになります。また、後宮、寵姫、国王などの要素も出てきます。(以前、書いた『婚約破棄された悪役令嬢は決意する「そうだ、パティシエになろう……!」』というチート系短編小説がきっかけで書きはじめた小説なので若干、かぶってる部分もありますが基本的に設定や展開は違う物になっています)※「小説家になろう」でも投稿しています。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

処理中です...