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第三章
6『宿屋での夕食』
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女将に案内された部屋は、前世の日本で言えば4畳半くらいで、ベッドの他は机と椅子だけのシンプルさだったが、作り付けのクローゼットと、何よりも洗面所とトイレ、それに大きな盥が備え付けられた簡易の浴室が備えられていた。
「お湯は別料金になるけど言ってくれれば運んでくるよ」
「いえ、加温の魔法が使えるから大丈夫です。ありがとう」
「もう、あと半刻ほどで夕食だよ」
そう言い残して出ていった女将を見送り、アンナリーナはドアに鍵をかけ、結界を張った。
「これならテントを出さなくてすみそうね。セト、アマルお疲れ様」
専用の深皿に【ウォーター】で水を入れ、2匹に差し出す。
ローブを脱ぎ、アイテムバッグを机の上に置いて、ブーツを脱ぐ。
室内履きに履き替えてベッドに腰掛けた。
「主人様、ツリーハウスはよろしいのですか?」
実はアンナリーナ、昨夜ツリーハウスを展開し、そのまま結界を張って置いて来ているのだ。
「そうね、この部屋の隅にでも転移陣を設置して、後で様子を見に行って見ましょうか」
部屋着の薄紅色のロングワンピースを着て、セトたちを部屋に残したアンナリーナは厳重に結界をかけて階下に降りた。
この宿屋は食堂も兼ねているので宿泊するもの以外も利用しているのだが、何人か席についているものの中に見知った顔を見つけた。
「ドミニクスさん?」
ドミニクスがこの食堂に来ていたのは偶然ではない。
何とかしてもう少しアンナリーナと話したかった彼は、彼女の泊まった宿を探し、こうしてやって来た。
「一緒にいかがです?」
アンナリーナだって、ちゃんと気づいている。だが偶然を装っている事を知らぬふりして席についた。
「先ほどはありがとうございました」
そこに本日のメニューが運ばれて来た。
パッと見、トマトベースのビーフシチューのようだ。
それに山盛りのマッシュポテト。
付け合わせの野菜は白いブロッコリーとアスパラガス。
ドミニクスにはエールのジョッキが、アンナリーナのところには水差しと杯が置かれた。
「リーナさんは野菜が好きかな?」
いつもは厨房から出てこないサムが皿を持ってやって来た。
「カブと芽キャベツの煮込みだ。
あっさりした味付けだから付け合わせにどうかと思って」
「ありがとうございます。
すごく美味しそう」
早速フォークを手にして半分に切ってみる。柔らかく煮込まれたカブは口に入れると、蕩けるように崩れた。
味付けは鶏ガラ出汁と玉ねぎなどの野菜で甘みを出している。
好みの味付けにアンナリーナは目を細めた。
その様子にサムは満足そうに厨房に引き揚げる。
アンナリーナは芽キャベツも食べ、アスパラも味わって、シチューに取り掛かった。
大振りの肉はどうやら森猪のもののようだった。だがていねいに下処理してあるのか臭みは一切ない。
それがフォークを入れた途端ほぐれるほど柔らかくなっている。
そしてシチューはトマトをベースにしてあるがパプリカで味付けしてあって、少しだけピリッとする。
……これはマッシュポテトが進む。
「領都の料理はいかがですか?」
夢中になって食べていたアンナリーナに、柔らかく笑んだドミニクスが話しかけた。
「このシチューは初めての味付けです。少しの甘みとちょっぴりなピリリ……病みつきになりそうです」
「それは良かった。辛いのを好むものはこれを入れるんですよ」
見れば、唐辛子のペーストのようだ。
この後2人はとりとめのない……例えばアンナリーナが鍋を買った話などをして食事を楽しんだ。
「で……ドミニクスさん。
そろそろ本題に入りましょうか」
「そうですね」
「今、防音の結界を張りました。
お仕事の話をなさっても大丈夫ですよ」
2人の目つきが変わった。
「明日、買い取りたいと仰っていたのは回復薬ですよね?
どのくらい要りますか?
傷薬や痛み止め、それから各種解除薬はいかがです?」
「各種解除薬?」
「ええ、状態異常解除薬です。
麻痺、眠り、石化、毒、混乱などですか」
「ぜひ欲しい!明日はどのくらい融通してもらえるだろうか?」
ドミニクスの異常なほどの食いつきに、アンナリーナはタジタジとなる。
それほどまでに食いつくものだとは思っていなかったのだ。
「お湯は別料金になるけど言ってくれれば運んでくるよ」
「いえ、加温の魔法が使えるから大丈夫です。ありがとう」
「もう、あと半刻ほどで夕食だよ」
そう言い残して出ていった女将を見送り、アンナリーナはドアに鍵をかけ、結界を張った。
「これならテントを出さなくてすみそうね。セト、アマルお疲れ様」
専用の深皿に【ウォーター】で水を入れ、2匹に差し出す。
ローブを脱ぎ、アイテムバッグを机の上に置いて、ブーツを脱ぐ。
室内履きに履き替えてベッドに腰掛けた。
「主人様、ツリーハウスはよろしいのですか?」
実はアンナリーナ、昨夜ツリーハウスを展開し、そのまま結界を張って置いて来ているのだ。
「そうね、この部屋の隅にでも転移陣を設置して、後で様子を見に行って見ましょうか」
部屋着の薄紅色のロングワンピースを着て、セトたちを部屋に残したアンナリーナは厳重に結界をかけて階下に降りた。
この宿屋は食堂も兼ねているので宿泊するもの以外も利用しているのだが、何人か席についているものの中に見知った顔を見つけた。
「ドミニクスさん?」
ドミニクスがこの食堂に来ていたのは偶然ではない。
何とかしてもう少しアンナリーナと話したかった彼は、彼女の泊まった宿を探し、こうしてやって来た。
「一緒にいかがです?」
アンナリーナだって、ちゃんと気づいている。だが偶然を装っている事を知らぬふりして席についた。
「先ほどはありがとうございました」
そこに本日のメニューが運ばれて来た。
パッと見、トマトベースのビーフシチューのようだ。
それに山盛りのマッシュポテト。
付け合わせの野菜は白いブロッコリーとアスパラガス。
ドミニクスにはエールのジョッキが、アンナリーナのところには水差しと杯が置かれた。
「リーナさんは野菜が好きかな?」
いつもは厨房から出てこないサムが皿を持ってやって来た。
「カブと芽キャベツの煮込みだ。
あっさりした味付けだから付け合わせにどうかと思って」
「ありがとうございます。
すごく美味しそう」
早速フォークを手にして半分に切ってみる。柔らかく煮込まれたカブは口に入れると、蕩けるように崩れた。
味付けは鶏ガラ出汁と玉ねぎなどの野菜で甘みを出している。
好みの味付けにアンナリーナは目を細めた。
その様子にサムは満足そうに厨房に引き揚げる。
アンナリーナは芽キャベツも食べ、アスパラも味わって、シチューに取り掛かった。
大振りの肉はどうやら森猪のもののようだった。だがていねいに下処理してあるのか臭みは一切ない。
それがフォークを入れた途端ほぐれるほど柔らかくなっている。
そしてシチューはトマトをベースにしてあるがパプリカで味付けしてあって、少しだけピリッとする。
……これはマッシュポテトが進む。
「領都の料理はいかがですか?」
夢中になって食べていたアンナリーナに、柔らかく笑んだドミニクスが話しかけた。
「このシチューは初めての味付けです。少しの甘みとちょっぴりなピリリ……病みつきになりそうです」
「それは良かった。辛いのを好むものはこれを入れるんですよ」
見れば、唐辛子のペーストのようだ。
この後2人はとりとめのない……例えばアンナリーナが鍋を買った話などをして食事を楽しんだ。
「で……ドミニクスさん。
そろそろ本題に入りましょうか」
「そうですね」
「今、防音の結界を張りました。
お仕事の話をなさっても大丈夫ですよ」
2人の目つきが変わった。
「明日、買い取りたいと仰っていたのは回復薬ですよね?
どのくらい要りますか?
傷薬や痛み止め、それから各種解除薬はいかがです?」
「各種解除薬?」
「ええ、状態異常解除薬です。
麻痺、眠り、石化、毒、混乱などですか」
「ぜひ欲しい!明日はどのくらい融通してもらえるだろうか?」
ドミニクスの異常なほどの食いつきに、アンナリーナはタジタジとなる。
それほどまでに食いつくものだとは思っていなかったのだ。
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