上 下
113 / 577
第三章

6『宿屋での夕食』

しおりを挟む
 女将に案内された部屋は、前世の日本で言えば4畳半くらいで、ベッドの他は机と椅子だけのシンプルさだったが、作り付けのクローゼットと、何よりも洗面所とトイレ、それに大きな盥が備え付けられた簡易の浴室が備えられていた。

「お湯は別料金になるけど言ってくれれば運んでくるよ」

「いえ、加温の魔法が使えるから大丈夫です。ありがとう」

「もう、あと半刻ほどで夕食だよ」

 そう言い残して出ていった女将を見送り、アンナリーナはドアに鍵をかけ、結界を張った。

「これならテントを出さなくてすみそうね。セト、アマルお疲れ様」

 専用の深皿に【ウォーター】で水を入れ、2匹に差し出す。
 ローブを脱ぎ、アイテムバッグを机の上に置いて、ブーツを脱ぐ。
 室内履きに履き替えてベッドに腰掛けた。

「主人様、ツリーハウスはよろしいのですか?」

 実はアンナリーナ、昨夜ツリーハウスを展開し、そのまま結界を張って置いて来ているのだ。

「そうね、この部屋の隅にでも転移陣を設置して、後で様子を見に行って見ましょうか」


 部屋着の薄紅色のロングワンピースを着て、セトたちを部屋に残したアンナリーナは厳重に結界をかけて階下に降りた。
 この宿屋は食堂も兼ねているので宿泊するもの以外も利用しているのだが、何人か席についているものの中に見知った顔を見つけた。

「ドミニクスさん?」


 ドミニクスがこの食堂に来ていたのは偶然ではない。
 何とかしてもう少しアンナリーナと話したかった彼は、彼女の泊まった宿を探し、こうしてやって来た。

「一緒にいかがです?」

 アンナリーナだって、ちゃんと気づいている。だが偶然を装っている事を知らぬふりして席についた。

「先ほどはありがとうございました」

 そこに本日のメニューが運ばれて来た。
 パッと見、トマトベースのビーフシチューのようだ。
 それに山盛りのマッシュポテト。
 付け合わせの野菜は白いブロッコリーとアスパラガス。
 ドミニクスにはエールのジョッキが、アンナリーナのところには水差しと杯が置かれた。

「リーナさんは野菜が好きかな?」

 いつもは厨房から出てこないサムが皿を持ってやって来た。

「カブと芽キャベツの煮込みだ。
 あっさりした味付けだから付け合わせにどうかと思って」

「ありがとうございます。
 すごく美味しそう」

 早速フォークを手にして半分に切ってみる。柔らかく煮込まれたカブは口に入れると、蕩けるように崩れた。
 味付けは鶏ガラ出汁と玉ねぎなどの野菜で甘みを出している。
 好みの味付けにアンナリーナは目を細めた。

 その様子にサムは満足そうに厨房に引き揚げる。
 アンナリーナは芽キャベツも食べ、アスパラも味わって、シチューに取り掛かった。

 大振りの肉はどうやら森猪のもののようだった。だがていねいに下処理してあるのか臭みは一切ない。
 それがフォークを入れた途端ほぐれるほど柔らかくなっている。
 そしてシチューはトマトをベースにしてあるがパプリカで味付けしてあって、少しだけピリッとする。
 ……これはマッシュポテトが進む。

「領都の料理はいかがですか?」

 夢中になって食べていたアンナリーナに、柔らかく笑んだドミニクスが話しかけた。

「このシチューは初めての味付けです。少しの甘みとちょっぴりなピリリ……病みつきになりそうです」

「それは良かった。辛いのを好むものはこれを入れるんですよ」

 見れば、唐辛子のペーストのようだ。
 この後2人はとりとめのない……例えばアンナリーナが鍋を買った話などをして食事を楽しんだ。

「で……ドミニクスさん。
 そろそろ本題に入りましょうか」

「そうですね」

「今、防音の結界を張りました。
 お仕事の話をなさっても大丈夫ですよ」

 2人の目つきが変わった。


「明日、買い取りたいと仰っていたのは回復薬ですよね?
 どのくらい要りますか?
 傷薬や痛み止め、それから各種解除薬はいかがです?」

「各種解除薬?」

「ええ、状態異常解除薬です。
 麻痺、眠り、石化、毒、混乱などですか」

「ぜひ欲しい!明日はどのくらい融通してもらえるだろうか?」

 ドミニクスの異常なほどの食いつきに、アンナリーナはタジタジとなる。
 それほどまでに食いつくものだとは思っていなかったのだ。

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

婚約破棄は誰が為の

瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。 宣言した王太子は気付いていなかった。 この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを…… 10話程度の予定。1話約千文字です 10/9日HOTランキング5位 10/10HOTランキング1位になりました! ありがとうございます!!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...