上 下
95 / 577
第二章

74『アンナリーナの提案』

しおりを挟む
今、アンナリーナはザルバ、ゲルト、フランクを連れてジャマーの元を訪れていた。

「ジャマーさん、お疲れのところごめんなさい。
 でも、あまりゆっくりもしていられないので」

「いや、薬師殿、わざわざありがとう。で?」

 外は昨夜からまるで冬のように冷えている。そして、やはり峠では雪が降っているようだ。

「マリアさんのことで。
 これから話す事は衝撃的な事も、失礼な事もあると思います。
 でも、怒らないで聞いて欲しいのです」

「わかった」

 ジャマーは緊張を隠せない。

「マリアさんの容態に関しては、昨日と重複すると思いますが、順番に話していくので」

「もちろん、よろしく頼む」

 マリアの名を出した途端、ジャマーの顔つきが山賊の頭から一人の男のものになった。
 身体を繋げた事もない夫婦……
 この稀有な関係でも、男はそれでもマリアを心から愛している。

「最初に言っておきますが、私は【解析】のスキル持ちです。
 だから身体の中がどうなっているかわかるんです」

 ザルバがゴクリと喉を鳴らした。

「マリアさんは仮死状態で産まれてきた、と仰っていました。
 本来、この時点で亡くなっていてもおかしくなかったのです。
 ……マリアさんのお家はかなりの豪商だったようですね。
 治癒魔法で命を繋いで、静かに、静かに暮らしてきたのでしょう。
 実際、こちらにきたのも静養のためだったそうですし」

 ジャマーが、彼女らが魔獣に襲われていた時の事を思い出したのだろう。
 眉間に皺を寄せた。

「心臓に、極々小さなものでしたが、穴が空いていました。
 これに関しては塞ぐことが出来たのですが……」

 アンナリーナは自らが淹れたハーブ茶を飲んで、喉を潤した。

「心臓っていうのは筋肉の組み合わせで出来ているようなものなのですが、マリアさんの心筋は回復できないほど弱っていて……出来る限りの治療はしました。
 でも、限度があるのです」

 この世界は、アンナリーナが前世で読んできたファンタジー小説の世界ではない、現実の世界だ。
 物語と同じ、回復薬やポーション、治癒魔法があるが万能ではない。
 この事はアンナリーナよりも、この世界で産まれ、暮らしてきた彼らの方がよく理解しているだろう。

「昨日も言いましたが、このままではマリアさんは……来年の春は迎えられないでしょう」

 ジャマーの握りしめた拳から血が滲んだ。口許の筋肉が痙攣している。

「ジャマーさん、マリアさんのためにどれだけの覚悟があります?
 あなたたち二人の問題というだけでは済まないかもしれませんよ?」

「俺は……」

「マリアさんの命を長らえる方法はあります。でも、これは私が言うのは本当に僭越なことなのです。
 それでも聞いて下さいますか?」

「ぜひ、お願いしたい」

 アンナリーナは一つ、大きく息を吐いた。

「この洞窟はマリアさんの身体に悪影響しか与えません。
 ここは換気が出来なくて空気がこもっています。
 もし、誰かが外から流感でも持って帰ってきたら……その時点でマリアさんはもう保たないでしょう」

 アンナリーナはここでまたひと息入れた。
 後ろの3人の様子を見ると、ザルバとゲルトは静観している。
 フランクはどちらかと言うと、アンナリーナの事が心配そうだ。

「マリアさんが、いえ、あなたたちが町で暮らす事は不可能ですか?
 ……出来れば、真っ当な仕事について」

「それは……」

 まさか話がそこまで及ぶとは思っていなかったのだろう。
 ジャマーだけでなく、後ろの3人も絶句している。

「マリアさんは……それなりの規模の町で、医術師や治療魔法師、薬師などが揃ったところなら、それなりの年齢まで生きられると思います。
 でも、今のままでは町では暮らせないでしょう?」

 ジャマーが、うう、と唸った。

「無責任な事ばかり言ってる自覚はあります。
 でも、商機がひとつあるんです。
 これを上手く使えば……どさくさに紛れて?」

 訝しげな目を向けられて、ひとつ咳払いする。

「デラガルサの鉱山がダンジョン化してるんですよ」

「そんな、まさか?!」

 4人揃って大声をあげる。
 だがアンナリーナは怯まない、むしろ落ち着いたものだ。

「私【探索】持ちですから確かですよ?
 もう少しエイケナールでゆっくりしたかったのだけど、グレイストさんに薬師ってバレてるし……
 ダンジョンだと知れたらあの村から出られなくなりそうだったからトンズラしてきたんです」

 確かに、延々と薬を作り続ける事になるだろう。

「あの、私、身代金代わりにポーションを置いていくつもりでいます。
 それで荒稼ぎ出来るんじゃないですか?」

「ポーション?!」

「下級のCポーションの回復量は600、中級のAポーションが2700、この2つならレシピが固定されているから大量生産できます。
 まあ、材料の量によるけど」

「そんなものも作れるのか……」

 思わず溢れたフランクの言葉。
 この世界でポーションを製作できる錬金薬師は貴重だ。

「ダンジョンだと知られるのはもうすぐですよ?どうします?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉の代わりでしかない私

下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。 リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。 アルファポリス様でも投稿しています。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

【完結】はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話【R18】

ケロリビ堂
恋愛
 万年はらぺこのおぼこサキュバス、シルキィが美しく性欲の強い男エルフ、レイモンドと一夜のあやまちで淫紋を用いたサキュバスの契約をしてしまう。その日からレイモンドのダンジョンマッピングの仕事を手伝いながら性欲処理の相手として一緒にダンジョンに潜ることになったシルキィだが、エルフらしくなく人間臭いレイモンドに惹かれていく。レイモンドの中でもまた、シルキィの存在は大きくなっていくが……。(ムーンライトノベルにも投稿している作品です)

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

もふもふと一緒 〜俺は狙われているみたいだ〜

コプラ
BL
俺はもふもふの世界に住んでいる。獰猛系のもふもふなので、俺は常に身の危険を感じているんだ。俺たちの祖先の血筋がもふもふしてるせいで、性格や行動、体格がそれに左右はされると言うおまけつき。 俺がこの世界に違和感を持つのは前世の記憶のせいだ。小さい頃は妙に動物的だと思っていたけど、姉に発情期が来てトラウマになった。俺は発情期怖すぎてこっそり薬飲んでるんだ。でも、俺につきまとう奴らが何か最近不穏なんだよな。俺の発情期、待ってるみたいでさ。 違和感を感じながら学園生活をしている高2の雪弥は、発情期の不安を抱えながら、友人達に守られつつも狙われて、毎日を過ごしている。雪弥には誰にも言ってない秘密がいくつかあって…。発情期が無事終わっても更なる問題勃発で⁉︎ 希少種のせいもあって、美人過ぎるが、中身は案外男らしい雪弥。美人に寄って来る有象無象のせいで表情筋が死んでる雪弥が、発情期が終わった途端デレ甘に⁉︎周囲を翻弄する雪弥だった。発情期やマーキングから逃れられない獣人を先祖に持つ俺たちの青春学園物語。

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

ちびっ子ボディのチート令嬢は辺境で幸せを掴む

紫楼
ファンタジー
 酔っ払って寝て起きたらなんか手が小さい。びっくりしてベットから落ちて今の自分の情報と前の自分の記憶が一気に脳内を巡ってそのまま気絶した。  私は放置された16歳の少女リーシャに転生?してた。自分の状況を理解してすぐになぜか王様の命令で辺境にお嫁に行くことになったよ!    辺境はイケメンマッチョパラダイス!!だったので天国でした!  食べ物が美味しくない国だったので好き放題食べたい物作らせて貰える環境を与えられて幸せです。  もふもふ?に出会ったけどなんか違う!?  もふじゃない爺と契約!?とかなんだかなーな仲間もできるよ。  両親のこととかリーシャの真実が明るみに出たり、思わぬ方向に物事が進んだり?    いつかは立派な辺境伯夫人になりたいリーシャの日常のお話。    主人公が結婚するんでR指定は保険です。外見とかストーリー的に身長とか容姿について表現があるので不快になりそうでしたらそっと閉じてください。完全な性表現は書くの苦手なのでほぼ無いとは思いますが。  倫理観論理感の強い人には向かないと思われますので、そっ閉じしてください。    小さい見た目のお転婆さんとか書きたかっただけのお話。ふんわり設定なので軽ーく受け流してください。  描写とか適当シーンも多いので軽く読み流す物としてお楽しみください。  タイトルのついた分は少し台詞回しいじったり誤字脱字の訂正が済みました。  多少表現が変わった程度でストーリーに触る改稿はしてません。  カクヨム様にも載せてます。

処理中です...