上 下
69 / 577
第二章

48『測量士グスタフ』

しおりを挟む
目の前で繰り広げられていた寸劇……いや、喜劇とでも言えようか、ヒステリックに喚く事しか知らない女とそれをまったく相手にしない少女。
 測量士のグスタフは小さく溜息した。

 実は彼、王都出身なのは先に述べたが、彼の本名はグスタフ・ホルンダッハー。貴族の末端に位置するものである。母がホルンダッハー家の出身で、父は裕福な商人であるグスタフは、ホルンダッハー家の家督を継ぐものがいなくなったため、祖父である当主の養子になる事で貴族となった。
 だが彼は堅苦しい生活を嫌い、測量士として各地を飛び回っていた。
 そんな彼から見て、あの喚くしか能のない女はとてもこれからパトロンを得られるような女には見えない。
 辺境の鉱山の町デラガルサでは町一番の美貌を誇る、人気の娼婦だったのだろうが、領都に行けば探せばまま居る容姿だ。
 そして王都ではそれこそごまんと居る、その程度の女……あれでも性格が良ければ可愛げもあるが、あれでは。
 あの女はきっと、買われてきた幼い少女の時にはもう美しく育つ片鱗があったのだろう。
 そして、周りがちやほやして育てた結果、ああも我が儘になったのだろう。
 ……あれほどのものは貴族にもそうはいない。
 貴族は完全な階級社会だ。
 どれほど我が儘でも、どれほど夜郎自大でも上位のものには礼を尽くす。
 たとえ王であろうとも、自国より上位の国の公使には敬語を使うのだ。
 ……それが、あの女。
 自分が世の中で一番偉いとでも思っているのか、貴族を前にしたら態度を変えるのかはわからないが……不愉快この上ない。
 そして彼が想像するには、あの少女アンナリーナは薬師ではなく【錬金薬師】だろうと思っている。
 決定的な事案はないが、生活魔法が使えるだけでなく、それ以外もギフトを持っていそうだし、何よりも時折溢れ出る魔力の質が凄まじい。
 もし彼女が望めば、王家が手厚く扱うだろう。
 つらつらと、そんな事を考えていたら当の本人がやって来た。


「ええとぉ、残り物みたいで悪いんですけどぉ、ハーブ茶……召し上がります? もちろん、1回目はタダです」

 眠っているマチルダを除いた5人が、グワリと目を剥く。

 裕福な育ちのグスタフでもお目にかかった事のない、美しい絵付けのされたティーポットを持って近づいてくるアンナリーナ。
 さもありなんである。
 このポットは【異世界買物】で購入したブランドものだ。

「あの、カップを出してもらえます?」

 全員がそそくさと荷物を探る。
 旅用の金属製のカップが並んで出され、アンナリーナがハーブ茶を注いでいく。

「これは精神の鎮静と、疲れを取る薬草を処方しています。
 少し冷めちゃったけど、この方が飲みやすいと思いますよ」

 一気に飲んで喜びの声をあげるキャサリンを尻目に、グスタフはゆっくりと舌の上で味わっていた。
 初めて飲むハーブ茶の、その爽やかな口当たりに舌を巻く。
 これは薬ではないようだが、飲んだ直後から疲労が取れていくような気がする。
 同時に、先ほどまでのいざこざのかしましい女に対する、ささくれ立った心も落ち着くように感じられるのだ。

 グスタフは測量士であって商家の出でもあるのに、実は計算が苦手だ。
 今回のデラガルサ鉱山の、新鉱の測量を終えて、こうして帰路に着いているのだが、提出する書類の主に計算がまったく手をつけられていない。
 しょうがなく、この何もすることのない時間を利用して、少しでも進めようと思ったのだが。

「気がのらない……」

 ボソリと呟いたのを聞きつけたのだろう。
 斜め向かいに座るアンナリーナと目が合った。

「ご迷惑でなければ、何をなさっているのかお伺いしても?」

 この馬車の旅に、早くも飽きてしまっていたグスタフは喜んで少女の問いに応えた。

「お恥ずかしながら、私はこんな仕事をしているのに、あまり計算が得意でなくて……
 領都に戻るまでに仕上げなければ、と思っているんですけどね」

 苦笑半分、照れ半分といったところのグスタフに、アンナリーナは屈託ない笑みを見せた。

「もしよろしければ……ご気分を害されなかったら、見せていただけます?」

 実はアンナリーナも退屈していた。
 フランクが御者台に行ってしまったため、話し相手がいなくなってしまったのだ。

「もちろん良いですよ。どうぞ、こちらへ」

 ふたりは並んで座り、今までグスタフが睨みつけていた書類を前にしていた。

「あれ? これ、間違ってません?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく

かたなかじ
ファンタジー
 四十歳手前の冴えない武器屋ダンテ。  彼は亡くなった両親の武器屋を継いで今日も仕入れにやってきていた。  その帰りに彼は山道を馬車ごと転げ落ちてしまう。更に運の悪いことにそこを山賊に襲われた。  だがその落下の衝撃でダンテは記憶を取り戻す。  自分が勇者の仲間であり、賢者として多くの魔の力を行使していたことを。  そして、本来の名前が地球育ちの優吾であることを。  記憶と共に力を取り戻した優吾は、その圧倒的な力で山賊を討伐する。  武器屋としての自分は死んだと考え、賢者として生きていくことを決める優吾。  それは前世の魔王との戦いから三百年が経過した世界だった――。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

『聖女』の覚醒

いぬい たすく
ファンタジー
その国は聖女の結界に守られ、魔物の脅威とも戦火とも無縁だった。 安寧と繁栄の中で人々はそれを当然のことと思うようになる。 王太子ベルナルドは婚約者である聖女クロエを疎んじ、衆人環視の中で婚約破棄を宣言しようともくろんでいた。 ※序盤は主人公がほぼ不在。複数の人物の視点で物語が進行します。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...