上 下
67 / 577
第二章

46『中継地での出来事』

しおりを挟む
声を掛けてきた男、元鉱夫のキンキにゲルトがチラリと視線を送った。
 カップに口をつける。
 フランクは口いっぱいに頬張ったものを咀嚼している。

「え……っと?」

 アンナリーナを含めた3人が、乗客たちの注目を集めていた。


「勘違いしないでくれ」

 そこに近づいてきたザルバがアンナリーナの横に立ち、その肩に手を掛ける。

「この子はあんた達と同じ乗客だ。
 だが俺たちと一緒に行動することになって、ひとつ契約することになったんだ。
 ……この子は身体の都合で、毎食ちゃんとしたものを食わなきゃいけない。
 その食事の支度を一緒にと頼んだんだよ。もちろん対価は渡している」

【対価】のところで、こっそりとため息を吐いたものがいる。
 キンキもそれ以上、何も言わなかった。
 旅の間の食事は、すべて各自の自己責任。アンナリーナは馬車側の人間から請け負って食事を用意しているに過ぎないのだ。

 その場はそれで収まった。
 そこである事に気づいたものがいた。

「御者さん、例の後ろから付いてくる馬車、あれはどうなったんだね?」

 測量士のグスタフが辺りを見回している。実は、例の馬車はまだこの中継地に着いていない。
 これがザルバの頭を悩ましていた。

「まだ到着出来ないようだね。
 まったく、遅れずに付いてくることも出来ないなんて、使えない連中だよ」

 あちらの御者の名誉の為に言うと、まず客であるあの女が酷過ぎた。
 そして護衛だが、腕の伴わない若くて見目の良いものを雇っているので、経験がなくやる事なす事後手に回っている。
 そしてエイケナールで馬を変えることが出来なかったのが痛い。
 今も疲れ果てた馬で碌な休憩も取らず走り続けているのだ。

 対してこちらは丸一日の休みと、先ほどもアンナリーナが内緒でちゃんと回復魔法をかけている。

「あ、ほら。来た!」

 馬に乗った2人が先着し、ザルバに近づいてくる。

「おい、俺たちの昼食はどこで?!」

 疲れ切った顔をした護衛の冒険者が薬缶と水袋を持って近づいてくる。
 ザルバの馬車の乗客がその場から立ち上がり馬車の中へと移動していく。
 もう用のなくなった焚き火を譲ったのはせめてもの情けだろう。

「俺たちはもう済んだから、この場は譲ってやる。
 とっとと用意をして、さっさと済ませてくれ」

 そう言ったザルバにゲルトが砂時計を指差した。
 途端に表情が歪む。
 それなのに本隊……女の乗った箱馬車はまだ到着していない。

「おい、厳しいことは言いたくないが、そちらの調子に合わせていたら夕刻までに野営地に着けるとは思えない。
 とりあえず、そっちの御者が来たら話し合うぞ」

 たっぷりと湯を沸かしておけ、と言い残しザルバは踵を返した。
 乗客達は殆ど乗車したようだ。


 その頃アンナリーナは、焚き火から一歩引いたところに座っていた老婦人の様子を伺っていた。
 先ほどしまったカップには白湯しか入っていなかったようだ。
 何かを食べていた様子もない。
 何よりも顔色が悪い。

「あの……」

 アンナリーナは、近づいて声をかけてみた。
 顔をあげた老婦人の汗の滲む額を見て確信した。

「具合が悪いのですね?
 どこか、痛みます?」

 老婦人はかぶりを振った。

「では……気分が悪い、吐き気とかはします?」

 疲れたように頷いた彼女にさらに近寄って、自分に【洗浄】をかける。

「ちょっと触っていいですか?」

 返事が返ってくる前にアンナリーナは老婦人の手首を取って脈を診る。

「ちょっと、失礼」

 下瞼を下に引っ張って覗き込んだ。

「吐き気がするんですね?
 もう吐いた?」

「いえ……まだ」

「以前に馬車に酔ったことは?」

 コクリと頷き返した。

「出発が遅れて、ずいぶん飛ばしていたようだから揺れが酷かったですものね」

 この頃になると、アンナリーナと老婦人の遣り取りに気づくものが出てくる。
 あるものは好奇心旺盛に、あるものは憂慮して2人を見ていた。

「えーっと……」

 クリーム色のローブの前をはだけて、中のバッグから小さな丸薬入れを取り出した。

「薬師様?」

 老婦人が呟いたのと同じタイミングで、馬車から覗いていた目敏いものが黄色いバッグに気づいた。

「薬師殿なのか!?」

 測量士のグスタフが驚きの声をあげ、元鉱夫二人組が窓枠に取り付く。
 その様子にゲルトが鼻を鳴らす。

「あの嬢ちゃんは、騒がれるのを好まない。あまり絡まないでやってくれ」

 絡むも何も、元々王都の人間であるグスタフ以外、薬師の姿を初めて見るものばかりだ。
 特殊な職種である【薬師】をどう扱っていいのかよく分からず、戸惑っている。

「あの幼さで薬師ですか……」

「あれでも一応、準成人の14才だそうだ。身体が弱くてあれ以上育たなかったらしい」

 グスタフが痛ましげに視線を移す。

「それで、“ ちゃんとしたもの ”を食べなくちゃいけないのね」

 夫婦者の妻の方、キャサリンが呟くように言う。

「最近まで育ての親と森の中で住んでいたらしい。
 少し浮世離れしているが、あまり厳しい目で見ないでやって欲しい」

 もちろん、薬師相手に喧嘩を売る馬鹿はいない。

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

大賢者の弟子ステファニー

楠ノ木雫
ファンタジー
 この世界に存在する〝錬金術〟を使いこなすことの出来る〝錬金術師〟の少女ステファニー。 その技を極めた者に与えられる[大賢者]の名を持つ者の弟子であり、それに最も近しい存在である[賢者]である。……彼女は気が付いていないが。  そんな彼女が、今まであまり接してこなかった[人]と関わり、成長していく、そんな話である。  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...