上 下
35 / 577
第二章

14『夕餉と新たなおっさん』

しおりを挟む
酒場への道を歩みながらジャージィは昼間、ミハイルの雑貨屋に案内した、リーナという少女の事を思い出していた。
 年は14才。準成人だが薬師である。

 彼はあの時、門の傍らの詰所で彼女と対峙してからどうにかしてこの村に取り込めないかと考えていた。
 だが、時折見せる彼女の視線……その底知れなさに怖気付き言い出せずにいたのだが、それはジャージィにとって僥倖だった。

 これまでも、これからも、アンナリーナの意に沿わない事を強要するものは破滅するだろう。
 彼女にはその力がある。
 ただ彼女自身はそれに気づいていないようだが……。


 宿屋兼酒場に着いたジャージィは、思っていた通りミハイルを見つけた。
 当然のように同席し、アンナリーナの姿が見えない事をいい事に、少々内緒話をしようとしたところ。


 一度、部屋に上がっていたアンナリーナが階段を降りてきた。

「……っ!」

 目に入った彼女の姿は、昼間門番として会った姿とまったく違っていた。
 旅支度のクリーム色のローブを脱ぎ、淡い紫のワンピースを着ていたのだが、それが細身の身体によく似合う。
 ブーツから履き替えた室内ばきは柔らかな茶色で甲のところに刺繍が刺してある。
 何よりも清めてさっぱりしたのか、良い香りさえ漂ってくる。
 茫然と見入っていたら、彼女の方から声をかけてきた。


 こんな小さな村なのだから、外食出来るのはここしかないのだろう。
 早速、杯を傾けている2人に微笑みかけ、テーブルに合流した。

「ミハイルさんお待たせしました。
 ジャージィさんこんばんは」

 アンナリーナが来るのを見計らったように料理が運ばれてくる。

「さあ、リーナちゃん。たんと食べとくれ!」

 大皿がどんどん並べられていく。
 男2人に合わせてか肉料理が多いようだ。
 その中で目にとまったのは鮮やかな赤い色。

「海老?」

「良く知ってるね。
 今日は川海老がたくさん獲れたんだよ。あっさりと野菜と一緒に食べたら美味しいよ。
 男たちはあまり好きじゃないみたいだけどね」

 アンナリーナはそっと手を伸ばして、海老サラダの皿を引き寄せた。
 女将が笑いながらサラダをよく混ぜて、アンナリーナの眼前の皿にたっぷりと取り分けてやる。

 アンナリーナは “いただきます”をするとフォークを取り上げ、海老と野菜を口にした。
 素朴な岩塩と海老の甘みが口いっぱいに広がって、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
 女将は他にかぼちゃの茹でたものと薄切り肉をパプリカなどと炒めたものを持ってきた。
 量は控えめで、いかにもアンナリーナ用の料理だと思われる。
 男たちには厚く切ったステーキ状の肉を焼いたものを山に盛った皿を置き、最後にアンナリーナにクルトンがたっぷりとのったポタージュスープが置かれた。

「さあ、たっぷりと召し上がれ」


 やはりこの世界では胡椒の類いは貴重なようで、味付けは塩オンリーだった。
 だが、各素材の味が強調されていて、アンナリーナはとても美味しくいただいたのだ。
 特に川海老は絶品だった。
 これは、アンナリーナが今まで住んでいた村や魔獣の森でも見た事がなかったが、このあたり特産なのかもしれない。
『海老は買いよ!』
 アンナリーナはこの海老を手に入れることを強く決心した。

 かぼちゃにしても、ポタージュスープに使われた里芋にしても、前世で食べていたものより味が濃い。
 使われているミルクにしても濃厚で、この村は辺境で人も少ないが農産物が豊かなのだとアンナリーナは思う。


「ところで嬢ちゃん、取り引きは上手くいったかい?」

 それで思い出したアンナリーナが女将を呼ぶ。
 何事かと思った女将は水の入ったピッチャーを持ってやってきた。

「すみません。ミハイルさんとの取り引きで滞在が延びることを伝えていませんでした。
 あと2日、延長お願いします」

 細い腰に巻いた、装飾用に見えるベルトについた小さなポーチから、アンナリーナは銀貨6枚を取り出して、そっと渡す。
 滅多に泊まり客のないこの宿屋での現金収入だ、女将はホクホクしていた。
 これで落ち着いて食事を再開できる。
 アンナリーナはフォークを取り、野菜を中心とした料理に舌鼓を打った。


「ごちそうさまでした」

 びっくりするような量をペロリと平らげ、腰を浮かせかけた時にドアが開いて、1人の男が入って来た。
 髭面で筋肉質、見た目取っつきにくそうだ。

「じゃあ私、少し作業があるから部屋に戻らせてもらうね」

「ちょっと待って嬢ちゃん。
 おい、ハンス、こっち来いや」

『ハンス?』

 ミハイルが招き寄せた男が軽く会釈する。

「嬢ちゃん、こいつが鍛冶屋のハンス。さっき話しただろう?」

 アンナリーナの背中がピンと伸び、目がキラキラと輝いた。
 そしてその手ががっしりとハンスの手を握り、ブンブンと振り回す。

「よろしく、私リーナって言います。
 あの、鍛冶屋さんなら……鍋売ってますかぁ!」

 何で、まだ鍋?

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

大賢者の弟子ステファニー

楠ノ木雫
ファンタジー
 この世界に存在する〝錬金術〟を使いこなすことの出来る〝錬金術師〟の少女ステファニー。 その技を極めた者に与えられる[大賢者]の名を持つ者の弟子であり、それに最も近しい存在である[賢者]である。……彼女は気が付いていないが。  そんな彼女が、今まであまり接してこなかった[人]と関わり、成長していく、そんな話である。  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

天は百万分の二物しか与えなかった

木mori
ファンタジー
あらゆる分野に取柄のない中学三年生の川添鰯司には、たった二つだけ優れた能力があった。幼馴染の天才お嬢様二条院湖線と超努力秀才の小暮光葉は勉学・体育で常に1、2位を争っていたが、このふたりには決定的な弱点があり、それを無自覚に補完する鰯司が必要不可欠な存在であった。湖線と光葉にはとんでもない秘密があり、それは・・・。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...