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だいぶ昔の話

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「放せとか返せとか真顔で言われると、なかなかちょっと気恥ずかしいねぇ」
仮面の人は呑気に呟く三言目。
それがカナにも聞こえたのか、ぴくっと目元が動く。いつもの優しげなちょっと垂れ気味の大きな目が、細められ徐々に徐々に…吊り上がっていく。
「…アオを返して」


(怒ってる…)
 怒ってる、カナが。
え…怒ってる?ほんとに?ちょっと見えづらくて目を細めてるとかじゃないよね?ボクがなにかやらかしても怒った顔したことないあのカナが??
さっきまでボクの目からこぼれ落ちそうだった雫は、余りの衝撃に引っ込んでしまった。

カナに遅れて数分後、アキや他のクラスメートたちも追いかけてきてくれて。騒ぎを聞きつけたのか3年生たちも、気づけばボクたちの周りにいる。なんだなんだと面白そうな顔をしている3年生を他所に、クラスメートたちはみんなボクと同じように衝撃を受けていた。


カナが怒ってる。


この前の、あのやらかした時だって。しょんぼりはさせちゃったし、アキとギャーギャー言い合ったりもしてた。
けども。こんな怒りはなかった。



「あれ?本気で怒ってる?」
「みたいです。」


仮面の人の呟きに、ボク即答。
「ワンコ王子は怒らないんじゃなかった?」
「ワンコ王子??カナのことなら、今まではそうですねぇ、怒り顔初めて見ました。」
仮面の人が首を捻ってボクを見る。


「…やばい?」
「まぁ、たぶん?」


普段怒らない人ほど怒ると怖い。
おっきな目が、細められてこっち見てくるの、かなり怖いよねぇ!頭から生えてる角がまたちょっと怖いんだけど…ボク今ウサギだから余計怖いんだけど。食べられそうだよ!!
(今度は別の感情で涙でそう。)


カナの視線。笑顔の無い顔。
怖い。背筋ぞくりとするほど、カナが…怖い。
あぁ、だけど。



カナが。
睨んでる。ボクの前にいる仮面の人を。
それというのもボクを捕まえてるから。
ボクを担いで連れ去って、ボクの右手、握りしめてるから。
怒りの原因が、今のこのボクの状況だということが、なんだか。



どうしよう。
どうしよう。


ボクは咄嗟に俯く。
やばい、顔が赤い。
どうしよう。
ボクちょっと、嬉しく思ってしまった。


「聞こえなかった?アオを放せって言ってんの」
低い、低い声。その声に、もっとボクの心臓がばくばく轟音立て始める。
カナ、そんな声出せたの?!
ボクの顔、どんどん赤くなってくのがわかる。顔が熱い。米神もどくどく波打ってる。
カナ。いつももっと高くて明るくて清純清潔好青年な顔と声なのに!
そんな、そんな低くて堅くて耳に残るようなそんな声で。


『アオ』

「ぎゃー!!!」




名前なんて、呼ばれたら。
ボク死んじゃう。








ーーーそこからちょっとだけボクの記憶飛んでまして。
気付いたら仮面の人が床に顔から倒れてて。
なんでかなぁ。ボクの右足、宙に浮いてたんだよね。もちろん右手は自由を取り戻してた。

(あれ?何があったんだっけ?)

周りもなんだか静かだし。
ちょろっと周囲を見渡せば、さっきまでザワザワしていた周りの3年生たちがボーゼンとした顔してる。本当に何があった?!
とにかく、と。ボクはそろりと右足を下ろすと、捕まえられてた右手首を摩った。
右手首、痛い。

「アオ…」
さっきより普段のトーンに戻った声で名前を呼ばれ、次いでそっと、摩ってる手首に触れられた。
「カナ」
何があったの?そう、続けようとして。
思いっきり抱きしめられた。
「うげっぇっ」
本日2回目!
だから、内臓、でちゃうって!
「もー心配したんだよ!いきなりひょいって、ひょいってされて!!」
ぎゅーぎゅーされながら、さらにぐいぐい押してくる。
「軽いから?アオ、軽いからひょい?!そうなの?そうだよね!ねぇわかった?足りて無いんだよ?オレいつも言ってるでしょ、アオは少食すぎるって。食べて!今日からいつもの倍食べて!!」
上からぐいぐい。
上半身はのけぞり、膝がかくって曲がったのにも気づかず、カナはボクを抱きしめる。腕ごと抱きしめられてしまったから抵抗すらできない。
「ちょっ、くる、苦しいってぇ」
しかも今度は重い!!!

「…上から伸し掛かられてのハグ、すごいな。本物初めて見た。」
「身長差がいい感じに作用されてるね」
「2回目だし、止めるのめんどくさ」

聞こえてる。シマ君ミナミ。それとアキの本音!

「たすけっ、まじで、死ぬから!」
必死に声絞って!唯一なんとなく自由に出来そうな手の先をみんなを招くようにバタバタ振るのに!こっちにくる気配ない。ボクいまカナに完全に抱きすくめられてるから。視界全部カナだから!みえないけど。助ける気ゼロはわかるからね!!

「アオ、ねぇ、アオ」
カナの肩口がボクの顔のとこ。だからカナの顔はボクの後頭部付近。
口は、ボクの耳もとに近づく。
(わぁあぁあ、ちょ、呼吸が耳に!息、息が耳!)
「お願い。お願いだから。あんなふうに攫われないで」
「さ、攫われたくないよ!いきなり飛んできたんだもん、不可抗力です!!」
お願いされなくても攫われたくないよ!?
それよりも!
「あの人、だ、誰なのか、確認しよ?ちゃんと理由聞いた方が良くないかなぁ?!」
超正論。
それが先決じゃないか?
ボクからの至極真っ当な意見に、カナの力込める腕がぴたりと止まった。
それからちょっと考えるように「うーん」と小さく唸ってから。
「それもそうだね」
ボクはやっと解放された。


(あーもう、カナの馬鹿力め!加減しろ!)


心で悪態つきつつげほげほと咳き込んでいたら、ミナミが近寄ってきて背中を摩ってくれた。
「大丈夫?」
「…そう見える?」
「見えないね」
でしょ。
ボクは一通り咳き込んで息と肺を整える。
あーつらかった!
「ハロウィンって、過酷すぎじゃない?ボクもっと楽しいもんだと思ったわ」
命懸けとは思わなんだ。
思わずぼやいてしまうと、ミナミは何故かちょっとだけ、すまなそうに眉を下げた。
「?ミナミ?」
なんで今、そんな顔したの?
不思議に思って名前を呼ぶと、益々眉が下がっていく。
なんでだ?
じっと、ミナミのちょっと丸っこい顔の丸っこい目を見つめていたら、ミナミははぁぁと、おっきくため息ついて。
それから。

「ごめんねアオ君。あれ、演出なんだ。」
ごめんね。
ミナミは心底すまなそうに、ボクに謝ったんだ。



ーーつまるところ。
仮面の人はなんと一つ上のシマ君のお兄さんで。
この人攫いは演出で。
あれだ、ボクがちょっとだけ引っかかってすぐ忘れたあの一文。
『騒動の再現』
それが、これ。
アキとシマ君がクラスのパレード内容を考えていた時の会話から、これは決まったそうだ。
ただ練り歩くよりちょっとした演出してみたら、面白くない?面白いね!じゃぁうさメイドでも攫っとく?竜人ご令息とうさメイド付き合ってて、でもそこに別なご令息横槍してきて?攫ってくワンシーン再現しちゃおっか!


しちゃおっか、じゃないよね?
ボク、死ぬかと思ったんですけど。


ジト目のボクに、ミナミはひたすら謝ってくれた。
衣装調達の関係で、ミナミだけは知ってたんだって。
『反対はしたんだけどダメだった』
わかってる。悪いのは残り2人だよね。
ぷらす、悪ノリ全開のシマ君兄だよねぇえ?



床に潰れてたシマ君兄は、あの後すぐ起き上がって、
『楽しかったねー!でもワンコ王子こわぁー!!』って笑ってた反省しろ。
『カナの別の一面見た、面白かったわ。』
面白くないからな、アキ。君に必要なのは面白さじゃないの、反省一択。
『竜人は番攫われたらああなるよね、見解一致だよ、カナ君』
兄同様、笑ってないでシマ君反省会!!



でも、投票結果。
僕たちのクラスは堂々の一位を獲得した。
まじか。



「…一位だけど、なんでかすごい複雑。」
放課後。衣装の片付けをしながらボクは未だにちょっと不満顔。みんなが喜んでるからいいんだけどさ。いいんだけど、さ!でも色々された側としてはなかなか落とし所が難しかったりするんだ。
「まぁねぇ。ご不満は、理解できるけど。」
散々文句を聞かされたシマ君はちょっと苦笑い。
それでも聞いてくれるのは、大人で真面目だからかもしれない。
「でも一位になったのは素直に喜んでよ。」
な。って、シマ君が。ミナミみたいに眉毛ほんのちょい下げるから。
ボクはそろそろ。飲み込もうと思う。
はぁぁ、って最後に大きく身体の中の息を吐き出して、ボクは気持ち切り替えた。




「そういえばボク、不思議に思ったことがあってね」
畳んだ衣装を袋詰めしながら、そういやと、ボクは最後にシマ君に聞いてみることにした。
なに?って、目だけでシマ君が聞いてきて。ボクは衣装を着た時に言われたことを、尋ねてみた。
「ミナミが言ってたんだけど、なんで竜人カナと、ウサギのボクが対なの?全然種族違うから、なんでかなぁって。」
あの時は聞き流しちゃったけど、ちょっと謎だったんだよね。
「ああ、それ。」
シマ君は衣装をしまう手を止めることなくあっさり答えをくれた。
「今年の卯年が終わったら、来年は辰年だろ?」
そんだけ。



あーうん。なるほど?



「ワンコや猫だけじゃありきたりだからさ、他のいろんな種族考えたんだよね。そんでふと、来年は辰年だなぁーからの連想。」
「ふぅん?確かに辰年だねぇ」
今日日の男子高校生にしては、少々落ち着き払ったシマ君。干支からの連想とは、さすがです。
ラノベ好きな、若々しい面もあるけどね。
「でもさ、それならボクが竜人もありだったんじゃない?それで、カナがうさぎ。結構可愛かった気がするなぁ。」
いっそうのこと、配置逆とかさ。
ボクが竜人令息でカナがうさメイド。
それはそれでインパクトありそう!
ボクは想像しながらシマ君に、今更だけど素敵な意見かも!って言ってみた。
ちょっとだけそう思ったから。
そう思った、だけなのに。
シマ君はすんっと真顔になって、言いました。



「いや、無理」
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