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第2章 地球活動編
第155話 エルフの姉妹の選択 二節 聖者襲撃編
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今僕は屋敷のリビングで晩御飯を作っている。ステラからついさっき、もう少しで帰宅するとのメールをもらった。
一方、ブラドさん、ルイズさん、ドルパさんは、この度できる吸血種達の新都市建設についての情報交換のための会合で、今晩泊りがけになり、実際には明日から僕の屋敷に住むことになる。
とは言っても、隣のリビングではしゃぎまくっている妹殿達を見ればルイズさん達の心配は杞憂だろう。
カーミュラさんも、根が子供なのか、妹殿達と完璧に打ち解けている様子だ。傍から見てると、同級生達の団欒にしか見えない。
もっともカーミュラさんは未だに僕の前にくると、血の気が引き、身体をガチガチに緊張させてしまうわけだが。その度に沙耶から『お兄ちゃん、カーミュラちゃんが怖がってるからあっち行ってて』とご無体なお叱りを受けたのだった。
ステラも帰宅し、そんなこんなで夕食の時間となった。
今晩はカーミュラさんの歓迎会も兼ねている。
カーミュラさんは生まれながらにして最高位吸血種であり、食性は人間と変わらない。だから今日は腕によりをかけてご馳走を振る舞うことにした。
まず、食材は迷宮で採取した伝説級レベル7の食材とグラムのバドコック商会から購入した高級食材だ。これらを用いて今晩は洋食をメインに色々作ってみた。凝った料理はホームステイという趣旨に合わない。なので、一般の食卓に上るような料理を作ってみた。
パンとピザは《森の食卓》に頼み、焼き上げてもらった。
スパゲッティにハンバーガー、フライドポテト、フライドチキン、ポテトサラダ、エビフライ。子供が好きそうなものばかりだが、沙耶達との意気投合っぷりを見ると、カーミュラさんの口にも合うような気がする。
震える手でハンバーガーを一嚙みするカーミュラさん。
毒でも入っているとでも思っているのだろうか。僕、どこまで信用されてないんだろう。少し悲しくなってきた。
「お、美味しいの」
カーミュラさんは二嚙み、三嚙みと口に入れる。忽ち、頬袋一杯に種を入れたハムスターの様な姿になり、思わず皆の顔に暖かな笑みが浮かぶ。
「カーミュラちゃん、これもどうぞ」
「ありがとうなの」
蛍からフライドチキンを受け取ると齧り付く。その幸せそうな姿にまったりとした空気が充満する。
歓迎パーティーは概ね成功と言えるだろう。
現在、沙耶の部屋でお子様達はカードゲームで熱戦を繰り広げている。
明日はルイズさん、ドルパさん、ブラドさんに加え、水咲さん、清十狼さん、喜美ちゃん、エル君も来る。さぞかし賑やかになることだろう。
(明日は日本料理にでもしようかな。沙耶、お寿司が好きだし、カーミュラさんもアリス達も食べた事はそう多くはないだろうし)
食器を洗い終えたところで、背後に気配がして振り返ると、ステラとアリスが佇んでいた。
二人の、敵地に足を踏み入れたような険しい顔は僕に言い表せぬ悪寒を呼び起こさせた。
「今朝言ってた僕に話したい事かい?」
頷く二人に席に座るように進めてお茶を入れる。
ステラは顔が真っ青で、アリスは俯いている。この姿からも、話の内容は僕が動揺すると考えられること。
お茶をクピクピと喉に通しながら、二人の言葉を待つ僕。
「マスター、ステラとアリスは九日の夜、アルスに会いに行きました」
「ア、アルス!?」
足元から強烈な寒気が駆けのぼってくる。当たり前だ。今の僕なら大抵な事は処理できる自信はあるし、ステラ達が危機に陥れば僕は全力でその障害を取り除こう。
しかしそれが不可能な数少ない例がアルス。奴はあの《裁きの塔》を短期間で化け物共の巣窟にし、倖月家の鬼才――倖月朧達を、時を超えて召喚してしまうほどの常識の埒外にある存在だ。奴にとっては今の僕など掌で滑稽に踊る駒にすぎまい。だからこそ今僕は力と仲間を獲得しようとしているのだ。
アルスはもはや天災に近い。奴と関わらないのが最大の不幸回避手段だったんだ。それを自ら会いに行く? 阿呆か! そんなの破滅願望に等しい。
「奴と何を話した? いやどんな契約を結んだ?」
アルスが手ぶらでステラやアリスを返すとは微塵も思っちゃない。奴の悪趣味な遊戯に強制参加させられているはずだ。そしてそれは今の僕には手出しができない事。
「……」
アリスが下唇を噛みしめ、ステラが僕の瞳を見つめて来た。
「《裁きの塔》の挑戦資格を得ました。これがそのカードです」
ステラがテーブルに青色のカードを置くとアリスも黄金のカードを躊躇いがちに置く。
「《裁きの塔》?」
(ふざけんなっ! よりにもよって!!)
ステラ達は《裁きの塔》を《終焉の迷宮》に毛が生えた程度であるとでも思っているんだろう。しかしそれは大きな間違いだ。雑魚敵で世界序列第75~第50位がわんさか襲ってくる魔境。常軌を逸したトラップも目白押しだろう。スリーや刈谷さんでも生き残るのは難しい。そう断言できる真の意味での地獄。それが《裁きの塔》だ。
「君らは自分がしたことを理解してるのか?」
「はい」「うん」
僕の感情が抜け落ちた言葉に二人ともビクッと身を竦ませるが、臆せず力強く答える。
「そうか……」
正直、ここで二人を怒鳴りつけてやりたい。でもそんな子供じみた事をしても意味はない。あのマジキチ天族なら例え僕が《裁きの塔》の攻略を断念しようとしても、否が応にでも挑戦せざるを得ない状況に僕を追い込む危険性すらある。その際に犠牲になるのは決まって僕の大切な何か。
今後の対策を練りたい。部屋へ戻ろう。思金神に相談しなければ。いや、そもそも奴はこの事を知っていたのか? ……そんなの今更考える意味もないか……。
(くく……笑えるよ、ホント滑稽だ)
ふらふらとよろめく足で、リビングの扉を開ける。
「マ、マスター――」
「来るなぁ!」
近寄ろうとするステラとアリスにみっともなく大声を張り上げる僕。
彼女達は初めてともいえる僕の拒絶に大きく目を見開いていた。
「頼むから一人にしてくれ」
扉を勢いよく開けると階段を駆け上がり、自室内へと飛び込む。もう頭の中は色々な気持ちやら考えやらで、シェイクされグチャグチャだった。
思考がまとまらず、次から次へと不安が湧き上がり、それらが更なる不安を大量生産し僕の心をプレス機のように押し潰していく。
今は時間が欲しい。この件につき考える時間が。アルスの奴も、僕がこの件につき即断できるとは考えていまい。というより、僕がこうして悩むことすら奴の遊戯の一環だ。確実に制限時間付きだろうが、後一週間ほどは許されているはずだから。
……
…………
………………
2082年9月11月(金曜日) 5時40分
窓からうっすらと差し込む光の柱。もう朝だ。少々寝坊をしてしまった。起きて朝食を作らねばならない。
今晩は沙耶の襲来もなく、朝方近くまでじっくりと考えることができた。午前二時半過ぎてから記憶がないから、その時間帯に寝入ったのだろう。お蔭でようやく正常な思考が復活してきた。
そもそも一番悪いのはあの迷宮のことを碌に話さなかった僕だ。彼女達がアルスに近づき破滅への遊戯へと参加することを多分僕は無意識にも恐れていた。それ故、塔の内部につき、詳しい事をあえて伏せていたんだと思う。それが逆に彼女達の不安を誘いこの様だ。今更だが、もっと彼女達を頼ればよかった。
兎も角、期間はそう長く与えられていない。できる限り早くステラとアリスをアルスの遊戯から逃れさせる策を見つけなければならない。
背伸びをして着替えつつもドアを開けるが今日は沙耶の姿は見当たらなかった。カーミュラさん達とある意味有意義な夜を過ごせたのだろう。
(今日、学校だぞ。せめて今晩にすればよかったものを……)
一階に降りていくとエプロン姿のステラが既に調理に取り掛かっていた。
「マスター、ステラ――」
ステラの目の下のクマができている。僕と同様、ステラも碌に眠れなかったのだと思われる。昨日はすまない事をした。
「悪い。寝坊した。時間もないし、早く作っちゃおう」
「はい!」
腕まくりをして調理に取り掛かる僕に、幽鬼のような顔を一転、花が咲いたように微笑み快活に答えるステラ。
僕らは調理という名の戦闘に没頭していく。
……
…………
………………
朝食と言ってもカーミュラさんは客人。変なものは出せない。
サラダに、コーンポタージュ、パンにオムレツ。朝にしては少々、重たいかもしれないが、沙耶達は成長期だ。別にいいだろう。太るなどと文句たれるようなら、毎朝叩き起こしてジョギングに連れ出してやるだけだし。
沙耶達も二階から降りて来る。沙耶は起きた直後は欠伸混じりで気のない挨拶をするのが通常だ。それが、今日に限っては初めて目にするような神妙な顔でリビングに入ってくる。後に蛍とカーミュラさんも続く。
「ほら、アリス」
沙耶に促されて、ひょこっとその背中から顔を出すアリス。いつもの元気一杯のアリスらしからぬ弱々しい面持ちで僕の様子を伺っていた。
「恭弥さん、事情は存じませんがアリスを許してあげてください」
「そうなの。アリス、許してなの」
蛍、カーミュラさんまで僕に頭を下げて来た。
よく見ると、アリスの目は真っ赤だ。今まで泣いていたのかもしれない。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
涙声で頭を下げるアリス。謝ることなど何一つない。ミスはステラ達に《裁きの塔》について話し、決して近づかないように念を押さなかった僕の不用意さが招いた事だ。
近づくと、アリスの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、アリス」
顔をクシャクシャに歪めるアリス。そして勢いよく抱きつくと僕の胸に顔を埋め、今度こそ声を上げて泣き出した。仕方なく、背中を右手で軽く叩き、左手で後頭部を撫でる。
「さあ、朝食が冷める。食べよう」
「うん」
涙を服の裾でこすりながら席に着くアリスと愛嬌よく笑いながら席に着き、快活に話し始める沙耶達。この光景、本当にほっこりする。
「マスター、ステラ……」
「ステラも同じだよ。早く食べよう」
ステラの頭をポンポンと優しく掌で叩く。
「はい」
ステラは涙ぐみそうになり唇を噛みしめつつも笑みを浮かべ大きく頷く。
ステラが皆のコーンポタージュを御椀によそって各人の席へと運び、僕もパンをテーブルの中央に乗せ、席へとつく。
少し湿っぽくなってしまったが僕らの一日はこうして開始された。
一方、ブラドさん、ルイズさん、ドルパさんは、この度できる吸血種達の新都市建設についての情報交換のための会合で、今晩泊りがけになり、実際には明日から僕の屋敷に住むことになる。
とは言っても、隣のリビングではしゃぎまくっている妹殿達を見ればルイズさん達の心配は杞憂だろう。
カーミュラさんも、根が子供なのか、妹殿達と完璧に打ち解けている様子だ。傍から見てると、同級生達の団欒にしか見えない。
もっともカーミュラさんは未だに僕の前にくると、血の気が引き、身体をガチガチに緊張させてしまうわけだが。その度に沙耶から『お兄ちゃん、カーミュラちゃんが怖がってるからあっち行ってて』とご無体なお叱りを受けたのだった。
ステラも帰宅し、そんなこんなで夕食の時間となった。
今晩はカーミュラさんの歓迎会も兼ねている。
カーミュラさんは生まれながらにして最高位吸血種であり、食性は人間と変わらない。だから今日は腕によりをかけてご馳走を振る舞うことにした。
まず、食材は迷宮で採取した伝説級レベル7の食材とグラムのバドコック商会から購入した高級食材だ。これらを用いて今晩は洋食をメインに色々作ってみた。凝った料理はホームステイという趣旨に合わない。なので、一般の食卓に上るような料理を作ってみた。
パンとピザは《森の食卓》に頼み、焼き上げてもらった。
スパゲッティにハンバーガー、フライドポテト、フライドチキン、ポテトサラダ、エビフライ。子供が好きそうなものばかりだが、沙耶達との意気投合っぷりを見ると、カーミュラさんの口にも合うような気がする。
震える手でハンバーガーを一嚙みするカーミュラさん。
毒でも入っているとでも思っているのだろうか。僕、どこまで信用されてないんだろう。少し悲しくなってきた。
「お、美味しいの」
カーミュラさんは二嚙み、三嚙みと口に入れる。忽ち、頬袋一杯に種を入れたハムスターの様な姿になり、思わず皆の顔に暖かな笑みが浮かぶ。
「カーミュラちゃん、これもどうぞ」
「ありがとうなの」
蛍からフライドチキンを受け取ると齧り付く。その幸せそうな姿にまったりとした空気が充満する。
歓迎パーティーは概ね成功と言えるだろう。
現在、沙耶の部屋でお子様達はカードゲームで熱戦を繰り広げている。
明日はルイズさん、ドルパさん、ブラドさんに加え、水咲さん、清十狼さん、喜美ちゃん、エル君も来る。さぞかし賑やかになることだろう。
(明日は日本料理にでもしようかな。沙耶、お寿司が好きだし、カーミュラさんもアリス達も食べた事はそう多くはないだろうし)
食器を洗い終えたところで、背後に気配がして振り返ると、ステラとアリスが佇んでいた。
二人の、敵地に足を踏み入れたような険しい顔は僕に言い表せぬ悪寒を呼び起こさせた。
「今朝言ってた僕に話したい事かい?」
頷く二人に席に座るように進めてお茶を入れる。
ステラは顔が真っ青で、アリスは俯いている。この姿からも、話の内容は僕が動揺すると考えられること。
お茶をクピクピと喉に通しながら、二人の言葉を待つ僕。
「マスター、ステラとアリスは九日の夜、アルスに会いに行きました」
「ア、アルス!?」
足元から強烈な寒気が駆けのぼってくる。当たり前だ。今の僕なら大抵な事は処理できる自信はあるし、ステラ達が危機に陥れば僕は全力でその障害を取り除こう。
しかしそれが不可能な数少ない例がアルス。奴はあの《裁きの塔》を短期間で化け物共の巣窟にし、倖月家の鬼才――倖月朧達を、時を超えて召喚してしまうほどの常識の埒外にある存在だ。奴にとっては今の僕など掌で滑稽に踊る駒にすぎまい。だからこそ今僕は力と仲間を獲得しようとしているのだ。
アルスはもはや天災に近い。奴と関わらないのが最大の不幸回避手段だったんだ。それを自ら会いに行く? 阿呆か! そんなの破滅願望に等しい。
「奴と何を話した? いやどんな契約を結んだ?」
アルスが手ぶらでステラやアリスを返すとは微塵も思っちゃない。奴の悪趣味な遊戯に強制参加させられているはずだ。そしてそれは今の僕には手出しができない事。
「……」
アリスが下唇を噛みしめ、ステラが僕の瞳を見つめて来た。
「《裁きの塔》の挑戦資格を得ました。これがそのカードです」
ステラがテーブルに青色のカードを置くとアリスも黄金のカードを躊躇いがちに置く。
「《裁きの塔》?」
(ふざけんなっ! よりにもよって!!)
ステラ達は《裁きの塔》を《終焉の迷宮》に毛が生えた程度であるとでも思っているんだろう。しかしそれは大きな間違いだ。雑魚敵で世界序列第75~第50位がわんさか襲ってくる魔境。常軌を逸したトラップも目白押しだろう。スリーや刈谷さんでも生き残るのは難しい。そう断言できる真の意味での地獄。それが《裁きの塔》だ。
「君らは自分がしたことを理解してるのか?」
「はい」「うん」
僕の感情が抜け落ちた言葉に二人ともビクッと身を竦ませるが、臆せず力強く答える。
「そうか……」
正直、ここで二人を怒鳴りつけてやりたい。でもそんな子供じみた事をしても意味はない。あのマジキチ天族なら例え僕が《裁きの塔》の攻略を断念しようとしても、否が応にでも挑戦せざるを得ない状況に僕を追い込む危険性すらある。その際に犠牲になるのは決まって僕の大切な何か。
今後の対策を練りたい。部屋へ戻ろう。思金神に相談しなければ。いや、そもそも奴はこの事を知っていたのか? ……そんなの今更考える意味もないか……。
(くく……笑えるよ、ホント滑稽だ)
ふらふらとよろめく足で、リビングの扉を開ける。
「マ、マスター――」
「来るなぁ!」
近寄ろうとするステラとアリスにみっともなく大声を張り上げる僕。
彼女達は初めてともいえる僕の拒絶に大きく目を見開いていた。
「頼むから一人にしてくれ」
扉を勢いよく開けると階段を駆け上がり、自室内へと飛び込む。もう頭の中は色々な気持ちやら考えやらで、シェイクされグチャグチャだった。
思考がまとまらず、次から次へと不安が湧き上がり、それらが更なる不安を大量生産し僕の心をプレス機のように押し潰していく。
今は時間が欲しい。この件につき考える時間が。アルスの奴も、僕がこの件につき即断できるとは考えていまい。というより、僕がこうして悩むことすら奴の遊戯の一環だ。確実に制限時間付きだろうが、後一週間ほどは許されているはずだから。
……
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2082年9月11月(金曜日) 5時40分
窓からうっすらと差し込む光の柱。もう朝だ。少々寝坊をしてしまった。起きて朝食を作らねばならない。
今晩は沙耶の襲来もなく、朝方近くまでじっくりと考えることができた。午前二時半過ぎてから記憶がないから、その時間帯に寝入ったのだろう。お蔭でようやく正常な思考が復活してきた。
そもそも一番悪いのはあの迷宮のことを碌に話さなかった僕だ。彼女達がアルスに近づき破滅への遊戯へと参加することを多分僕は無意識にも恐れていた。それ故、塔の内部につき、詳しい事をあえて伏せていたんだと思う。それが逆に彼女達の不安を誘いこの様だ。今更だが、もっと彼女達を頼ればよかった。
兎も角、期間はそう長く与えられていない。できる限り早くステラとアリスをアルスの遊戯から逃れさせる策を見つけなければならない。
背伸びをして着替えつつもドアを開けるが今日は沙耶の姿は見当たらなかった。カーミュラさん達とある意味有意義な夜を過ごせたのだろう。
(今日、学校だぞ。せめて今晩にすればよかったものを……)
一階に降りていくとエプロン姿のステラが既に調理に取り掛かっていた。
「マスター、ステラ――」
ステラの目の下のクマができている。僕と同様、ステラも碌に眠れなかったのだと思われる。昨日はすまない事をした。
「悪い。寝坊した。時間もないし、早く作っちゃおう」
「はい!」
腕まくりをして調理に取り掛かる僕に、幽鬼のような顔を一転、花が咲いたように微笑み快活に答えるステラ。
僕らは調理という名の戦闘に没頭していく。
……
…………
………………
朝食と言ってもカーミュラさんは客人。変なものは出せない。
サラダに、コーンポタージュ、パンにオムレツ。朝にしては少々、重たいかもしれないが、沙耶達は成長期だ。別にいいだろう。太るなどと文句たれるようなら、毎朝叩き起こしてジョギングに連れ出してやるだけだし。
沙耶達も二階から降りて来る。沙耶は起きた直後は欠伸混じりで気のない挨拶をするのが通常だ。それが、今日に限っては初めて目にするような神妙な顔でリビングに入ってくる。後に蛍とカーミュラさんも続く。
「ほら、アリス」
沙耶に促されて、ひょこっとその背中から顔を出すアリス。いつもの元気一杯のアリスらしからぬ弱々しい面持ちで僕の様子を伺っていた。
「恭弥さん、事情は存じませんがアリスを許してあげてください」
「そうなの。アリス、許してなの」
蛍、カーミュラさんまで僕に頭を下げて来た。
よく見ると、アリスの目は真っ赤だ。今まで泣いていたのかもしれない。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
涙声で頭を下げるアリス。謝ることなど何一つない。ミスはステラ達に《裁きの塔》について話し、決して近づかないように念を押さなかった僕の不用意さが招いた事だ。
近づくと、アリスの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、アリス」
顔をクシャクシャに歪めるアリス。そして勢いよく抱きつくと僕の胸に顔を埋め、今度こそ声を上げて泣き出した。仕方なく、背中を右手で軽く叩き、左手で後頭部を撫でる。
「さあ、朝食が冷める。食べよう」
「うん」
涙を服の裾でこすりながら席に着くアリスと愛嬌よく笑いながら席に着き、快活に話し始める沙耶達。この光景、本当にほっこりする。
「マスター、ステラ……」
「ステラも同じだよ。早く食べよう」
ステラの頭をポンポンと優しく掌で叩く。
「はい」
ステラは涙ぐみそうになり唇を噛みしめつつも笑みを浮かべ大きく頷く。
ステラが皆のコーンポタージュを御椀によそって各人の席へと運び、僕もパンをテーブルの中央に乗せ、席へとつく。
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