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第2章 地球活動編
第83話 羨望 リヒト
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時間ギリギリになりましたが一話投入いたします。
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「ブラド様……」
俯き佇むブラド様に赤髪の吸血種――リヒト・スリムアは声を掛けようと近づこうとする。
こんな寂しそうなブラド様をリヒトは初めて目にしたから、いつものように元気づけて差し上げようとしたのだ。例えリヒトではいくら頑張っても力になれなかったとしても。
それもバンパ・アスカムに肩を掴まれる。バンパは大きく首を左右に振る。今はそっとしておいてやれということだろう。
ブラド様は幼い頃から姉妹同然に育ったのだ。だから、ブラド様の今のお気持ちも容易に察しくらいついている。
おそらくブラド様は先ほどの他者の理想に溺れた吸血種の若者に過去と今の自分自身を重ねてしまっていたのだろう。
『過去』とは勿論失踪した兄君のことだ。かつてのブラド様は兄君の行為を無条件で肯定しておられた。今の兄君の失踪とその疑惑についても全て自身の過ちだとでも考えているのかもしれない。
『今』とは我らが崇敬の主のことだ。
ブラド様は昔から強がりの天邪鬼。決してお気持ちを悟られやしない。
多分、この度思金神様が立案した作戦に一番異議を唱えたかったのはブラド様だ。普段、冷静沈着なその表情にピシリッと亀裂が入ったのだから。
ブラド様の今の唯一ともいえる願望は我が至高の主を傍で守りたい。より正確に言えば、ずっと我が主の傍にいたい。ただそれだけだったはずなのだ。
しかし規律と自制を重んじるブラド様がそんな自分勝手な意見を言えるはずもない。そしてそれは今後ずっとそうだろう。
あの吸血種の青年への言葉は全てブラド様御自身へ向けられたものだったのかもしれない。
己の気持ちを理想や信念という小奇麗な言葉で隠す。それは王家に生を受けた者の宿命と言ってもよい。例え将来、マスターが御一人で死地に向かっても、それがマスターの命である以上、御自身の爆発しそうな不安な気持ちを押し殺し、ただ見送るだけ。
だからこそブラド様はどうしょうもなく羨ましいのだ。己の気持ちを覆い隠してきた理想や信念といった朧な存在を一刀両断に切り捨てたあの青年が!
ブラド様のこの一連の想いが恋慕まで昇華されているのかまでは不明だ。もしかしたら失踪した優しかった兄君とマスターを重ねてしまっているだけなのかもしれない。
しかしその気持ちは歴然とあり、日々徐々に強まっている。
いずれにせよ我が崇敬の主の優柔不断さと朴念仁さはギルド内ではほぼ周知の事実となりつつある。しかも誰の気持ちすら気付かないという天然の鈍感のおまけまでついている。ご自分の御気持さえはっきりしないブラド様などマスターは一生、その有する想いに気付かれることはあるまい。
しかしそれはそれでよいのかもしれない。ブラド様のその想い自体が一時的なものの可能性がある。何よりマスターが歩む道は覇道。配下としてだけではなく女としても生涯を寄り添うことになれば今後のブラド様の人生は波瀾万丈なものになるのは間違いない。リヒトはブラド様には人並みだが幸せな家庭を築いて欲しい。
もういいだろう。今は戦時中、この場は戦場のど真ん中。浮いた話は全て終わった後だ。
「ブラド様――」
「わかってる。
三番隊はこの《オスクリタ》の西区の市民の保護を開始!
リヒトはさっきの老将達と接触し、事情を説明しろ。これ以上の無駄な戦闘は避けたい」
「はっ!!」
《妖精の森》、初めての戦争における三番隊の本来の任務が開始される。
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お読みいただきありがとうございます。
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「ブラド様……」
俯き佇むブラド様に赤髪の吸血種――リヒト・スリムアは声を掛けようと近づこうとする。
こんな寂しそうなブラド様をリヒトは初めて目にしたから、いつものように元気づけて差し上げようとしたのだ。例えリヒトではいくら頑張っても力になれなかったとしても。
それもバンパ・アスカムに肩を掴まれる。バンパは大きく首を左右に振る。今はそっとしておいてやれということだろう。
ブラド様は幼い頃から姉妹同然に育ったのだ。だから、ブラド様の今のお気持ちも容易に察しくらいついている。
おそらくブラド様は先ほどの他者の理想に溺れた吸血種の若者に過去と今の自分自身を重ねてしまっていたのだろう。
『過去』とは勿論失踪した兄君のことだ。かつてのブラド様は兄君の行為を無条件で肯定しておられた。今の兄君の失踪とその疑惑についても全て自身の過ちだとでも考えているのかもしれない。
『今』とは我らが崇敬の主のことだ。
ブラド様は昔から強がりの天邪鬼。決してお気持ちを悟られやしない。
多分、この度思金神様が立案した作戦に一番異議を唱えたかったのはブラド様だ。普段、冷静沈着なその表情にピシリッと亀裂が入ったのだから。
ブラド様の今の唯一ともいえる願望は我が至高の主を傍で守りたい。より正確に言えば、ずっと我が主の傍にいたい。ただそれだけだったはずなのだ。
しかし規律と自制を重んじるブラド様がそんな自分勝手な意見を言えるはずもない。そしてそれは今後ずっとそうだろう。
あの吸血種の青年への言葉は全てブラド様御自身へ向けられたものだったのかもしれない。
己の気持ちを理想や信念という小奇麗な言葉で隠す。それは王家に生を受けた者の宿命と言ってもよい。例え将来、マスターが御一人で死地に向かっても、それがマスターの命である以上、御自身の爆発しそうな不安な気持ちを押し殺し、ただ見送るだけ。
だからこそブラド様はどうしょうもなく羨ましいのだ。己の気持ちを覆い隠してきた理想や信念といった朧な存在を一刀両断に切り捨てたあの青年が!
ブラド様のこの一連の想いが恋慕まで昇華されているのかまでは不明だ。もしかしたら失踪した優しかった兄君とマスターを重ねてしまっているだけなのかもしれない。
しかしその気持ちは歴然とあり、日々徐々に強まっている。
いずれにせよ我が崇敬の主の優柔不断さと朴念仁さはギルド内ではほぼ周知の事実となりつつある。しかも誰の気持ちすら気付かないという天然の鈍感のおまけまでついている。ご自分の御気持さえはっきりしないブラド様などマスターは一生、その有する想いに気付かれることはあるまい。
しかしそれはそれでよいのかもしれない。ブラド様のその想い自体が一時的なものの可能性がある。何よりマスターが歩む道は覇道。配下としてだけではなく女としても生涯を寄り添うことになれば今後のブラド様の人生は波瀾万丈なものになるのは間違いない。リヒトはブラド様には人並みだが幸せな家庭を築いて欲しい。
もういいだろう。今は戦時中、この場は戦場のど真ん中。浮いた話は全て終わった後だ。
「ブラド様――」
「わかってる。
三番隊はこの《オスクリタ》の西区の市民の保護を開始!
リヒトはさっきの老将達と接触し、事情を説明しろ。これ以上の無駄な戦闘は避けたい」
「はっ!!」
《妖精の森》、初めての戦争における三番隊の本来の任務が開始される。
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