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第2章 地球活動編
第40話 何気ない日常(2)
しおりを挟む2082年9月7日(月曜日)午前5時半 地球の楠恭弥の自室
ステータスの開発、スキル・魔術の把握の後、思金神を呼び寄せ、奴を相手に新スキル・魔術の動作実験を行った。
その後シャワーを浴びてさっぱりした後、腕時計を見ると既に5時半。皆の朝食を作らなければならない時間だ。ギルドハウスに設置された臨時の修練所から地球の自室へ転移する。
沙耶をガン無視したのだ。沙耶の機嫌が地に落ちているのは間違いない。僕にとって沙耶の腹の虫程やっかいなものはない。口を聞かなくなるのは当然の事、僕の言うことは基本耳を貸さなくなる。
憂鬱な気持ちを抑えつつも部屋の扉を開けるが、思わず頭を抱えた。正面の壁に寄りかかるように毛布にくるまった妹殿がいたからだ。まだ9月とは言え、夜は結構冷える。こんな場所で寝れば風邪くらい引く。
「えへへ、お兄ちゃん……にゅ」
よくわからない寝言を口走る妹殿に抱き上げて今晩も彼女の部屋のベッドへ放り投げておく。
さっそく時間を浪費した。今日はギリギリかもしれない。どうせ僕が沙耶とアリスを送っていくことになるんだろうし、朝食はがっちりしたものは勘弁願おう。
一階へ降りて調理場へ近づくにつれてまな板を叩く小気味良い音とグツグツと鍋が煮える音が僕の耳に飛び込んでくる。
この食欲を刺激する香ばしい匂い。今朝はシチューだろう。
調理場ではエプロン姿のエルフの女性――ステラがフライパンを片手に食材と格闘していた。
鼻歌を口ずさんでいることからもかなり上機嫌なのは確実だ。
「おはよう」
「あっ! おはようございます。マスター!」
振り返り僕に視線を向けるステラの顔には喜色が一面に溢れており、思わずドキリとさせられる。
照れくさい気持ちを誤魔化すようにステラの横に並んで調理を開始する。
◆
◆
◆
既に着替えているアリスとパジャマ姿の沙耶が大きな欠伸をしつつも姿を現す。
沙耶は眠そうにはしていたが僕に対しちゃんと挨拶を返すことからそこまで怒り心頭ではないようだ。沙耶がへそを曲げると丸一日口を聞かないこともざらだ。実に好都合と言えよう。
4人で席に着き朝食を食べる。
「ね~ね、ステラお姉ちゃん、渋谷にある《フォーチュンツリー》って知ってる?」
「は……い。知ってるです」
咄嗟の沙耶の問いに言葉を詰まらせるステラ。
そりゃあ間違いなく知っている。ステラは斎藤商事の取締役兼副社長だし。
「学校で皆、噂してるんだ。7種類に服が変わるらしいよ。女性用の服がめっちゃ可愛いんだって」
誕生日プレゼントを開ける子供のように目を輝かせつつも話す沙耶からこれからの展開が明確に予想できてしまう。
「…………」
無言で口にハムエッグを運ぶアリス。どうやら我関せずを貫く気らしい。
「お兄ちゃん――」
僕に熱い視線を向けてくる沙耶。
「ダメ。僕は忙しい」
即座に否定され、口をプクーとリスの頬袋のように膨らませる沙耶。
悪いが、沙耶の我侭を聞いている余裕は今の僕にはない。それに仮に下手に沙耶と買いにでも出かければ僕の隠している秘密の一端が沙耶にばれる可能性も零ではない。
そう。僕は沙耶に僕の有する全ての秘密を教えない選択をした。
《妖精の森》という魔術師組織の長であることも、斎藤商事を事実上作ったことも、そして異世界アリウスのことも沙耶にバレれるわけにはいかない。
確かに好奇心旺盛な沙耶は危なっかしい。《妖精の森》の他のギルドメンバー同様強くなれば僕の心労も多少は解消できる。
現に一度は《妖精の森》のこと、異世界アリウスのことを沙耶に打ち明けようとも思いもした。
しかし結局その打ち明けるという選択は僕にはできなかった。特にアルスから僕の進む先が地獄しかないことを聞いた後はこの決心は強固なものとなった。
僕のこのクソッタレの独りよがりの運命に沙耶だけは巻き込むわけにはいかないのだ。
僕が全てを失ってもステラ達異世界アリウス出身者と吸血種達は最悪異世界アリウスへ逃げられる。無論、アルスをどうにか黙らせることが最低条件だが、それさえクリアすれば彼女達は僕がいなくても生活に支障はない。
マティアさん、刈谷さん、斎藤商事の従業員等の地球出身者にもいざとなったら異世界アリウスでの生活をそれとなくほのめかしているが、全員から了承はもらえている。
僕が敗北しても異世界アリウスと地球のゲートを永遠に閉じてしまえばこと足りるのだ。
だが沙耶はダメだ。彼女はそこまで強くはないし大人でもない。僕が何を言おうと、力を有する限り僕の傍に居ようとする。そして命を落とす。そう確信できてしまうから。
「沙耶ちゃん。今度の日曜日、ステラと一緒に行こう。ね?」
「ホント?」
泣きそう顔から一転、パッと沙耶は無邪気な笑みを顔一面に浮かべる。
ステラにも困ったものだ。あまり沙耶を甘やして欲しくはないのだが……。
「アリスちゃんも行こう?」
「了解」
遂に来週の買い物について三人で話しに花を咲かせ始めた。
こうして傍ら見るとステラ、アリス、沙耶は仲の良い姉妹の様だ。その様子に冷え切ったはずの僕の心がポカポカと熱を持つ。
この風景がずっと続いてほしい。そう心から願いつつも僕は空になった食器を下げて自室へ戻った。
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